9月12日、WEリーグは日本初の女子プロサッカーリーグとして開幕。注目選手の一人として挙げられるのが、長く日本女子サッカー界を牽引してきた鮫島彩。今期、新規チームの大宮アルディージャVENTUS(ベントス)に移籍し、新たな活躍の場所を求めた。新リーグの開幕をどのように迎えるのか?そしてその先に見つめる未来と、変わらぬ女子サッカーへの想いとは。本人に伺った。(聞き手はHALF TIMEマガジン編集長 山中雄介)

いよいよ開幕するWEリーグ

――WEリーグがいよいよ開幕します。どのような心境で迎えていますか?

正直、不安9割、ワクワク1割です(苦笑)。

大宮は今年からできたチームで、チームとしての戦い方がない状態でスタートしました。例えば、浦和レッズだったらこう、日テレ・ベレーザだったらこうというサッカーがありますよね。時間はいくらあっても足りません。

それに、WEリーグ自体もどうやったら盛り上げていけるんだろう?と。今回の五輪の結果は望んでいるものではなかったと思いますし、コロナ禍というのもある。だからって、ネガティブな不安ではないですよ。不安があるからこそ、考えるきっかけになっています。

――今年から新規チームの大宮へ移籍しました。大きな決断だったと思います。

想定はしていたんですが、0からつくる新チームゆえ難しいこともあります。ピッチ外では練習環境を整備したり、ピッチ内では戦い方の土台を作ることだったり。でもこれは、新チームに入った人間しか味わえないこと。すごく充実感があります。チームスローガンを選手同士で考えたりとか、できることも多くて。

――新しいチームだからできること。それを求めていたと。

「いかに応援してもらえるチームを作るか」というのを意識して、移籍を決断しました。今もそれは変わらず、自分なりにチームにどんどん提案しています。

新規チームだからこそ、選手たち自身もチームの認知度がまだまだ低いことは認識しています。なのでこの先、地元に根付いた、地域から必要とされるチームになるには何をしなければいけないのか。このチームには選手が考える機会があるんですね。選手たちが自発的に動こうとするのは、大宮の強みだと思っています

――大宮アルディージャは男子チームも持ちます。今のところ、活用できているノウハウや環境はありますか。

それがなかなかない状態で、正直、結構厳しい環境なんですよ。そこを今なんとかしようと必死に動いています。少しずつ、チームも変わってきています。男子のトップチームが天然芝のグラウンドを持っているので、その前の早朝、朝8時から私たちが練習させてもらえるようになったんです。人工芝はどうしても怪我が増えてしまうので、今の環境はありがたいですね。

大宮は、本当にこれからのチーム。私と同い年の選手が他に3名いるんですけど、「これからVENTUSに入る子たちのために、いいチームを残そう。できることは全部やっていこう」と言っているんです。自分たちが引退するまでは短いと思うんですけど、ピッチ内外で少しでもいい方向に動いていったらと思います。

海外リーグで目にした光景

――「引退」という言葉も出ましたが、これまで数々のチームでキャリアを積み重ねました。ご自身の歩みをどう振り返りますか?

そうですね、色々なアクシンデントがあり、結果的にたくさんのチームを通ってきました。2011年の震災後に移籍せざるを得なかったり、アメリカに行ったらその年でリーグが消滅したり。でも、その分様々な経験ができたというのは大きな財産です。

――初の海外でのプレーはアメリカ、ボストン・ブレイカーズ。印象深かった思い出はありますか

やっぱり海外リーグは色々と衝撃的なことが多くて。アメリカリーグではスタンドの前列をサッカー少女たちが埋め尽くして、試合後には必死にサインを求める姿がありました。今までのなでしこリーグにはなかった光景で、すごく衝撃的だったのを覚えています。今こうやってWEリーグをどう盛り上げていくか考える中で、やっぱり将来WEリーグを夢見るような子たちに観に来てもらいたいと思うようになりましたね。

――その後モンペリエに移籍しました。フランスはいかがでしたか。

フランスは文化の違いが大きくて、しんどい思い出の方が多いんですけど(笑)、すごく勉強させてもらいました。ある日、試合前日に自主トレをしていたら、チームメイトに胸ぐらを掴まれて怒られて。「明日試合なのに何してるんだ」って、すごいキレられたんです。わっ、なんだという衝撃で。

練習ではちょっと足を痛めたから休む選手や、試合当日はウォーミングアップで炭酸を飲むような選手もいるようなチームだったんですけど、でもそういう選手が試合で結果を出すんですよね。南仏のチームだったのでちょっと極端かもしれないですけど、「私は今まで何を見てたんだろう」って。自分は練習をやったことに満足してた、結果を見てなかったんだろうなって。

日本だと自主トレすること自体が評価されたり、結果よりプロセスが評価されたりするじゃないですか。どれだけ足を痛めていても練習を休まずやったりとか、私はまだ根性論が残っていた世代だったので(苦笑)。それからは自分の身体と会話するようになって、結果に対する意識もすごく変わりました。自己満足で終わってはいけないと。

女子サッカーに対する想い 新規チームにとって、鮫島選手ら経験豊富なプレーヤーの存在は大きい。写真提供=大宮アルディージャVENTUS

――サッカーへの向き合い方や、チーム、リーグへの想い。鮫島さんのその原動力は、どこから来るのでしょうか。

もちろんサッカーが好きというのは根本にあるんですけど、この34歳までプレーしてきた中で、女子サッカーに対する様々な人の「想い」に触れることが多くて。

ひとつは代表です。北京五輪からずっと、「どうにか女子サッカーの環境を良くしていきたい」「サッカー少女たちに夢見てもらえるような職業にしたい」という先輩方の想いを感じてきたんです。実際、自分も代表でプレーさせてもらって、(2011年)W杯で優勝して。そこから自分たちで盛り上げる機会を得たのに、リオ五輪予選でまた失って。その経験はすごく大きかったと思います。

あとはファンの方たち。コアファンの方たちは、女子サッカーを常にサポートしていこうと思ってくださっています。「一緒に女子サッカーを盛り上げよう」という横断幕を、リオ五輪予選後からずっと掲げて応援してくださる方々もいる。そういった方々の、想いだと思います。

――この夏のオリンピックでは、残念ながら代表からの落選もありました。

なでしこジャパンが勝てるんだったら何でもするという想いでやってきたので、他の選手がチームに必要だったらそれがベスト。本当にそれだけです。

でもVENTUSがあるっていうのは大きかったかな。やることがあまりにも多すぎて(笑)。代表合宿でほとんどみんなと練習できていなかったので、チームに集中できたのはプラスになりました。それに代表じゃなくなった瞬間から、「この先どうやって女子サッカーに貢献していけるのか」と今まで以上にすごく考えるようになりましたね。今度は自分に何ができるんだろうと。

「常に応援される戦いをしたい」

――WEリーグに話を戻すと、今年は開幕シーズンになります。どのような目標を持っていますか。

一番はピッチ内だと思います。ただ、今は必死にVENTUSのサッカーを作っている最中。正直、厳しい戦いが続くと思うんですよ、私の感覚的には。でも、ベストを尽くすのは当たり前。その上で、ホームタウンの方々に常に応援してもらえる戦いをしたいと思います。躍動感というか、体を張るというか。最後まで諦めない戦いをしていきたい。

――ピッチ外ではいかがでしょうか。認知度というお話もありました。

「新規チーム」って、今年だけ使えるワードですよね。なので、今年中にどれくらい認知度を上げられるかが重要だと思っています。チームとしてもポイントになる試合が最初の方にある。ホーム開幕戦の新潟戦、そして浦和との埼玉ダービー。そこにどれだけのお客さんに入っていただけるか。選手は本当に「なんでもやる」という気持ちなので、どんどん選手を働かせてほしいですね(笑)。

――本当、選手の皆さんも協力的なんですね。

そうなんですよ。以前に所属していたINAC神戸がいろんな活動をしていたので、良いものは真似すればいいと思って私も企画書を作って出してます。例えばさいたま市と協力してピンクリボンの活動をして、ホームタウンが同じ浦和さんとコラボできないかとか。市としてはスポーツを通して健康促進ができるし、大宮からしたら浦和さんの知名度をお借りできるし(笑)。

これまでのファンが応援してくれるような取り組みをしつつ、プラスアルファをしていきたい。例えばサッカー少女たち。子供たちの練習や試合がないときに試合に招待してもいいと思いますし、私たちが2、3人ずつ地元クラブを訪問して触れ合うのもいい。あと個人的には同年代の女性にも観に来てほしいですね。刺激を受けていただけるような戦いや試合、会場や雰囲気づくりをしていきたい。

クラブ経営、スポンサー営業も学ぶ

――その他にも取り組んでいることがあるとか。

個人的に、移籍の契約前に「チームの裏側を学ばせてほしい」とチームに伝えていました。経営や運営に関して教えていただく機会を得ているので、毎日がすごく勉強です。

一度、社長にスポンサー営業にも帯同させていただいて。一緒に都内に行って、先方とどういう会話をされているのか経験させてもらいました。今まではスポンサー企業さんへシーズン終わりにご挨拶に行くというのはありましたが、契約してほしい企業さんに行くのは初めて。これからもチャンスがあったらやっていきたいですね。

クラブ経営にいくら必要か、支出はいくらか。現役として知った上でプレーするのと、知らずにするのでは変わってくると思います。やはり一選手として、スポンサーさんがいるというのを理解して、その方々の想いを受けながらプレーしたい。

――すでに様々な挑戦をされていますが、今後のキャリアをどのように考えていますか?女子サッカーはリーグのプロ化という節目を迎えます。

ファンの方と触れ合うことが好きなので、集客は一番興味があります。ただ、とにかく今は点を増やしている状況ですね。社長にクラブ経営についてレクチャーいただいたり、アスリート向けのキャリアアカデミーに参加させてもらったり。関東のチームに来たことで、新しい方とのご縁が一気に増えてます。

アカデミーに参加していた宇賀神くん(浦和レッズ)は、一人親世帯の支援もしてますよね。その話を今度詳しく教えてもらおうと思ってるんです。そういった行動を積極的にとって、点と点が線でつながっていくようにしていかなきゃと思うんですよね。

女子サッカーはこれからプロ化されて、セカンドキャリアも今まで通りではなくなります。これまでは親会社に残る道もありましたし、もちろん大宮にもまだアマチュア契約の選手がいます。けれど、プロはもう少しシビアな世界になっていく。

そうなった時に、いろんな選択肢を作っていけたらと思います。これまでの女子サッカー界にはない活動。いろんな道。それがどうつながっていくのかはまだ見えてないですけど、とにかく挑戦していこうと思います。

◇鮫島 彩(さめしま・あや)
1987年栃木県河内郡河内町(現・宇都宮市)生まれ。小学1年でサッカーを始めると、河内SCジュベニールでU-15全国大会出場。仙台の常盤木学園高校に進みU-18日本代表選出。その後社会人チームの東京電力女子サッカー部マリーゼ入団。2011年、東日本大震災の影響によるチームの活動自粛を受け、米女子プロサッカー(WPS)のボストン・ブレイカーズに移籍。翌年には仏1部モンペリエHSCへ加入。2012年に帰国しベガルタ仙台レディースで3年、INAC神戸レオネッサで5年間プレーした後、2021年から大宮アルディージャVENTUSに所属。なでしこジャパンには2008年に初選出。114試合出場・5得点。2011年 FIFA女子W杯優勝、2012年ロンドン五輪銀メダル。

書き手:山中 雄介
HALF TIMEマガジン編集長。創刊からこれまで100以上の企業、スポーツ団体、アスリートの企画・編集・取材に携わる。またJクラブ社長やスポーツビジネス専門家によるコラムの企画・編集も担当。 立命館大学学士号(経営学)、英ブライトン大学修士号(MSc International Event Management)取得。

初出=「HALF TIMEマガジン」9月6日掲載
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