国内に閉じこもりがちな日本人ですが、近年は海外で新しい挑戦をする人たちも増えてきています。そんな中、韓国の三星(サムスン)にスカウトされた日本人研究者がその経緯と入社後についてを詳しく語りました。韓国在住歴30年を超える日本人著者が発行するメルマガ『 キムチパワー 』が紹介しています。 

三星にスカウトされた日本人研究者

日本経済の成長動力が弱まり、優秀人材の海外流出への懸念が続く中、かつて三星電子に迎え入れられ勤務していた日本の元研究員がスカウト過程や韓国内の処遇、環境などを詳しく紹介し、注目を集めている。彼は自身の韓国転職を「大成功」と評価し、当面の現実がもどかしいならば海外で新しい挑戦に出てみるのはどうかというアドバイスを提示する。

日本の素材分野の大企業で働き、三星電子にスカウトされ、約10年間在職した佐久間俊(52)は6日、有力経済週刊誌ダイヤモンドの電子版に「三星にスカウトされた日本人研究員の証言:給与1.7倍に天国のような環境」というタイトルの書き込みを掲載した。

日本に戻って経済著述家として活動中の佐久間は「閉鎖的な島国、日本は技術の海外流出にブレーキがかかっていない」という2021年ノーベル物理学賞受賞者の眞鍋淑郎(91・日系米国人)の指摘に言及し「あえて眞鍋の言葉でなくても昨今の日本では研究員が自由に研究に専念することが難しくなっているのが事実だ。そのような中で私は韓国という新天地を選んだ」と語った。

「2010年精密素材大企業で研究員として在職中だった私にヘッドハンターから電話がかかってきた。当時は日本社会全体でエンジニアのスカウト転職が活発だった時だった。私も以前同じような勧誘を受けたことがある。しかし、『古いタイプ』の会社員だった私は、現在の職場で定年まで勤めあげることを当然と思っていた。転職に全く興味がなくむしろ転職する同僚たちを同情するくらいだった」。

しかし、今回(2010年)は多少好奇心が発動したという。「あちらで何と言っているのか、一度は聞いてみるのもいいかな。酒席の対話素材として使うこともできるし」。そんな気持ちだった。

 

佐久間は悩んだ末、ヘッドハンターの自宅近くの駅のコーヒーショップで初めて接触した。ヘッドハンターは「あなたの特許出願内容を見て連絡をすることになった。三星電子で素材開発を引き受けてほしい。韓国に来ることになれば給与は今の1.5倍を与える」と提案してきた。

数日後に会った2回目の出会いでは給与提示額が現在の1.7倍に跳ね上がっていた。さらに具体的な業務内容も提示された。しかし、これまで積んできた経歴と人脈を捨てて韓国に旅立つということは、いくら未婚の独身者だとしても簡単に決められることではなかった。佐久間は「韓国企業にスカウトされ移る人は裏切り者」という一部の極端な認識も障害になったと回顧する。

3回目の出会いは、高級料亭で行われた。三星の役員が彼を説得するためにわざわざ韓国から飛んできた。

「当時、私は40代に入ったばかりだった。日本企業で働き続ければ雇用安定を法で保障してもらうことができた。そんなに糞真面目に働かなくても重要ではない実験を適当にしてお茶を濁しながら定年まで安定した生活ができた。実際、私たちの研究所にはそんな人が多かった」。

佐久間は「サムソン側との面談回数が増え考えが変わった」と話した。

「ぼんやりした人生を送るよりは研究員として世界的な大企業で働く方がはるかに良いという気がした。特に3回目の出会いを持ってからは『今から私は世界を舞台に戦う』という一種の使命感のようなものが沸き上がって来ていた」。

結局、佐久間は初めてヘッドハンターの連絡を受けてから3か月後に日本企業に辞表を出した。

「三星電子は韓国を代表する大企業であるだけに、基本的にほぼすべての面で日本企業以上のサービスを提供していた。企業文化は日本の会社とよく似ている部分もあるが、日本では見られなかった独特な側面もいろいろあった」。

佐久間は年1回実施する社内健康診断システム、一日3回無償で提供される社内食事、誕生日・結婚記念日に会社が提供するプレゼント、運動会・文化行事・晩餐など相次いで続くイベントなどが特に印象的だったと話した。

彼は特に「会社ですべてを支援してくれるので、韓国では研究だけに集中すれば良かった」とし、「研究員にはそれこそ天国のような環境だった」と賛辞を惜しまない。

 

佐久間は日本人が三星に入社して5年以上残留する割合はおよそ30%水準だと伝えた。スカウト入社2年目から、会社や部署に該当人材を継続雇用するかどうかについて判断する作業が始まるためだと話した。

佐久間は「韓国に渡る前は率直に言って(韓日葛藤のため)多少警戒する態度を取っていたのも事実だが、社内外で日本人だからといって不利益を受けたことは一度もなかった」とし「これは文在寅政府での『悪夢の5年』と呼ばれる極端な反日期間にも同じだった」と話した。

彼は自身の韓国転職を「大成功」だったと評価しながら「日本で無気力な気分で研究を続けながら後輩が自分を抜いてより高いところに上がるのを横目で見ているよりは、健康な精神で研究員としてより充実した時間を過ごすことができたと思う」とインタビューを結んだ。

何回かこのメルマガにも書いているが、筆者も三星に籍を置いていたことがあって(1990-1998)、このソウル新聞に載っていた佐久間さんの言うことには全的に「そうだよね」と頷くことしきりだ。日本人が韓国ですばらしい業績をあげるなら、それはまた韓国の中で日本の栄光を示すことでもある。本人にとっても日本にとっても、それはよいことではないだろうか。

(無料メルマガ『キムチパワー』2022年9月14日号)

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