9月27日に営まれた安倍元首相の国葬で、友人代表として弔辞を読み上げた菅義偉前首相。ネット上では称賛の声が多数上がっていましたが、果たしてそれは政治家を送る「国葬」の場で語られるべきものとして適切だったのでしょうか。元毎日新聞で政治部副部長などを務めたジャーナリストの尾中 香尚里さんは今回、菅前首相の弔辞の中で違和感を抱かざるを得なかった箇所を指摘するとともにその理由を解説。さらに弔辞の後に起きた拍手について「悪ノリが過ぎる」との苦言を呈しています。(この記事は音声でもお聞きいただけます。)

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

ツッコミどころだらけの菅前首相「弔辞」

安倍晋三元首相の国葬(9月27日)での菅義偉前首相の弔辞が話題を呼んでいる。第2次安倍政権の発足(2012年)以降、官房長官として長く安倍氏を支え続けた菅氏。「友人代表」として行った弔辞は、菅氏自身の首相時代の演説からは考えられないほどエモーショナルな言葉にあふれ、ネット上などでは「感動的」「染みた」の声があふれている。

申し訳ないが、筆者はそういう気分には乗れない。長く支えた「盟友」を突然失った菅氏の個人的な思いは理解するが、情緒的な言葉の中に紛れ込んだ言葉にいちいち引っかかり、時にそら恐ろしいものさえ感じたからだ。

世論の感情の高ぶりも落ち着いたところで、改めて菅氏の弔辞を振り返ってみたい。

「7月の8日でした。信じられない一報を耳にし、とにかく一命をとりとめてほしい。あなたにお目にかかりたい。同じ空間で同じ空気をともにしたい」

冒頭からいやな予感がした。

安倍氏が選挙演説のさなか、聴衆の前で凶弾に倒れたあの衝撃は忘れられない。「一命をとりとめてほしい」というのは、筆者も含め、あの日誰もが感じたことだろう。だがその後の「あなたにお目にかかりたい。同じ空間で同じ空気をともにしたい」、これはどうだろう。

正直、背筋がむずがゆくなるのを覚えた。ラブレターではないのだ。友人代表とはいえ、政治家が政治家(それも首相と官房長官の間柄)に対して、こういう場で口にするのがふさわしい言葉なのか。

そしてその直後、この「いやな予感」はまさに的中した。衝撃の言葉がこれである。

「天はなぜ、よりにもよって、このような悲劇を現実にし、いのちを失ってはならない人から、生命を、召し上げてしまったのか」

「いのちを失ってはならない人」。この言葉は裏を返せば「いのちを失っても惜しくない人」がこの世に存在することを意味してしまう。筆者はしばらく、この言葉が脳内にこびりついて離れなかった。

そんな細かいことにいちいち目くじら立てて、という向きもあるかもしれない。しかし、これは弔辞であり、事前にきちんと原稿が用意されている。「ついうっかり」の失言とは違うのだ。

政治家であればこそ、こういう言葉遣いには慎重に慎重を期し、推敲に推敲を重ねるべきだと思う。その上でこういう言葉遣いが容認された、というのなら、それは菅氏自身が、本音では「この世にはいのちを失っても惜しくない人がいる」と考えているのだろう、と断じざるを得ない。

演説は進み、菅氏は環太平洋経済連携協定(TPP)交渉について安倍氏が「タイミングを失してはならない」と早期の交渉入りを主張したことに触れつつ「あなたの判断はいつも正しかった」と述べた。

「いつも正しかった」。それは菅氏の主観であろう。

TPPに限らないが、安倍政治の評価は現時点でも激しい賛否両論があり、歴史的な評価も定まっていない。それを承知の上で、葬儀という批判のしにくい場を利用して、あえてその正しさを強調する。それも「さまざまな正しい判断を行ってきた」程度ならまだしも「『いつも』正しかった」と言ってのける。

強い言葉で言えば卑怯だし、控えめに言ってもたしなみがなさ過ぎる。

この直後に続いた言葉は、さらにあ然とさせられるものだった。

「安倍総理。日本国は、あなたという歴史上かけがえのないリーダーをいただいたからこそ、特定秘密保護法、一連の平和安全法制、改正組織犯罪処罰法など、難しかった法案を、すべて成立させることができました」

いずれも、安倍政治の中でも最も批判の強い、まさに賛否が大きく割れた法案である。平和安全法制、すなわち安全保障基本法は、集団的自衛権の容認容認について、法的根拠もなく(この言葉、今回の国葬をめぐってもしばしば聞かれた)閣議決定のみで憲法解釈を変更し「後付け」で作られた法律だ。この法律をはじめ、国民の「知る権利」の侵害につながりかねない特定秘密保護法も、いわゆる「共謀罪」創設を含む改正組織犯罪処罰法も、いずれも国会での強行採決の末に成立している。

安倍氏の業績の多くで賛否が分かれていることは間違いないが、中でも特に先鋭的に賛否が分かれ、国会でも円満な採決ができなかったこれらの法律について「すべて成立させることができました」と、安倍氏の大きな実績であるかのように、誇らしげに語る。その神経が信じられない。

保坂展人・東京都世田谷区長は27日、自身のツイッターでこう疑問を投げかけた。

「国葬儀」で国費を投入しているからには、政党会派の立場を離れた弔辞の枠をはみ出すべきではない。

世論の賛否の割れた法案を強行した国会対応をほめそやすのは、「国葬儀」にふさわしいだろうか。

全く同感である。

そしていよいよ最後の場面。菅氏は、安倍氏の衆院議員会館の事務所の机に、岡義武著『山県有朋』(岩波書店)が読みかけの状態で置かれていたことに触れた。

菅氏は、この本は「ここまで読んだ」という最後のページの端が折られており、マーカーペンで線を引いたところに、山県が盟友・伊藤博文に先立たれ、故人をしのんで詠んだ歌であった、と紹介。「この歌くらい、私自身の思いをよく詠んだ一首はありません」と述べ「かたりあひて 尽しゝ人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむ」と読み上げた。

このくだりがある意味最大の「感動ポイント」としてネット上で賞賛されているわけだが、筆者はそれ以前に、安倍氏が最後に読み、菅氏が紹介したのが山県有朋だったのか、という点が引っかかってしまい、その後のくだりが心に入ってこなかった(菅氏の「友人」としての切ない気持ちには共感できるのだが)。どうしても山県というと、明治の自由民権運動の高まりに「強い警戒と憎悪との気持を抱いた」(同書)さまが思い浮かんでしまうのだ。

もちろん、山県の時代と現在とでは、時代状況も政治状況も大きく違う。それでも、安倍氏や菅氏がどんな政治を目指していた(いる)のかに、つい思いをはせてしまうのだ。ちなみに、この本にはこんなくだりがある。

彼らの政治支配は、彼らの権力意志を満足させるだけではない。支配的地位をあくまで守りつらぬくことこそ、彼らの信念によって真に義とされるのである。そのことは、彼らの闘志を鼓舞する。そして、彼らを狂暴にさえもする。歴代の「藩閥政府」が自由民権運動に対して加えた弾圧が苛烈残忍をきわめたのもまた、怪しむに足りないであろう。

うるさい国会も司法も無視し、何事も「行政の総合的判断」で決めてしまいたい。そんな「令和の超然主義」を地で行くような安倍・菅・岸田政権の性格をよく示したとも言える一場面だった。

弔辞が終わった後に、さらに驚く場面があった。会場からまさかの拍手が起きたのだ。

一応、ここは葬儀の場だろう。一体、この振る舞いは何なのだ。いくら何でも悪ノリが過ぎないか。読売新聞は「葬儀会場では異例の拍手に包まれた」と肯定的に記述していたが、これが令和日本の「普通」なのか。

「菅氏完全復活か!」とはしゃぐ一部報道を横目で見ながら、筆者は心底気持ちが萎えている。

image by: 首相官邸

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