我が国でもようやく運用が開始されたものの、各地での大混乱が伝えられる新型コロナワクチン接種。一方アメリカでは、すでに成人の60%近くが少なくとも1回目の接種を済ませているといいます。このあまりに大きすぎる差の要因はどこにあるのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、「Windows95を設計した日本人」として知られ、米国在住で自身もワクチン接種済みの世界的エンジニア・中島聡さんが、アメリカのワクチン接種事情を時系列で詳しく紹介。そこから浮かび上がってくるのは、米国政府の圧倒的なスピード感と、安倍・菅両政権の緊迫感不足でした。

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米国のコロナ事情

日本でもようやくワクチン接種が始まりましたが、「ワクチン接種完了、日本到着分の15%止まり」などの報道もあり、なかなか思うように進んでいないようです。

そこで、順調にワクチン接種が進んでいる米国の事情を時系列で書いてみます。米国が、今の状況に繋がる「何をしたのか」を理解することは、日本政府が「何をしなかったのか」、そして「これから何をすべきなのか」を知る上で役に立つと思います。

米国で最初に接種が始まったPfizer-BioNTech(米国、ドイツ)とMaderna(米国)、及び英国で接種が始まったOxford-AstraZzeneca(英国)のワクチンに関連する、2020年の主なイベントを列挙すると、

1月 中国の研究者がワクチンの塩基列を公開。Modernaの研究者はわずか2週間でワクチンを開発。 2月 Oxfordの研究者がワクチンを開発。最初は米国の製薬会社Merckとの提携の話が進んでいたが、英国政府の介入により(英国の製薬会社である)AstraZenecaへのライセンス契約が決まる(5月) 3月 BioNTechが中国の製薬会社Fosunから$135 millionを調達。Fosumは中国での販売権を取得 4月 Modernaが米国政府から$955 millionを調達 4月 BioNTechがPfizerから$185 millionを調達 4月 それぞれのワクチンの治験がスタート(Phase IとII) 5月 Oxford-Astrazeneca のワクチンを英国政府は1億回分、米国政府は3億回分確保。同時に、英国政府から$80 million、米国製府から$1.2 billionの開発費が提供される。 6月 BionTechがEUから$129 millionを調達 8月 米国製府がModernaのワクチン1億回分の購入を契約、EUは1億6,000回分の購入を契約 9月 BioNTechがドイツ政府から$445 millionを調達 11月 BioNTechワクチンの治験がPhase IIIに入り、4万人に投与。91.3%の有効性を持つという結果に 12月〜1月 それぞれのワクチンが米国、英国、ヨーロッパでスピード認可

となります。

COVID-19の大流行で医療危機に見舞われた米国とヨーロッパが、莫大な資金を提供してワクチンの開発を加速しただけでなく、まだPhase III の治験に入る以前のワクチンの購入計画をしています。

特に米国政府は、各研究機関に大規模な研究開発費を渡すと同時に、「1億回分」などの規模でのワクチンの確保に去年の5月ぐらいから動いているのです。今年になって米国では大規模なワクチン接種が始まり、今では有り余っている状況ですが、それは、この時期の先行投資の結果なのです。

米国政府から、去年の初めにこれだけのお金がModerna(米国)、BioNTech-Pfizer(ドイツ、米国)、Oxford-Astrazeneka(英国、英国)に流れたからこそ、素早く大規模な治験が行えたし、生産ラインの構築も可能になったのであり、この点は高く評価して良いと思います。

日本製のワクチンがないこと、日本政府がワクチンの入手に手間取っていることなどが批判されていますが、スピード感が圧倒的に違います。当初、日本ではあまり感染が広がらなかったためにことが逆に災いになった面もあると思いますが、やはり日本政府に緊迫感が足りなかったのだと思います。

ちなみに、米国では、大規模なロックダウンが去年から行われており、それがいまでも続いています。日本のように「休業要請」のような生やさしいものではなく、州政府からの「休業命令」がレストラン、コンサートホール、スタジアム、映画館などに言い渡されました。

人権や自由を重視する米国にしては、強引なことをすると最初は思いましたが、とても効果的でした。日本のように、県知事が日本政府に対して緊急事態宣言の要請をする、などもまどろっこしいプロセスが不要な、米国の「(州単位の)自治権の強さ」が発揮されたとも言えます。

日本のような「休業補償」のようなものはありませんでしたが、影響を受けた中小企業に対する支援は、連邦政府からありました。とは言え、多くのレストランや小売業が廃業にまで追い込まれたのは米国でも同じです。

今年に入って、各種ワクチンが緊急認可されてからの米国政府・州政府の動きも、素晴らしいものでした。

まず最初に、医療関係者(警察・消防、老人介護施設で働く人たちを含む)などに向けたワクチン接種をものすごい勢いで行いました。この時点でワクチンの接種会場となったのは、主に地域ごとの拠点となるホスピタル(入院施設を持つ大規模な病院)です。

米国政府のやり方は、米国政府が一括して入手したワクチンを、人口比で州ごと配布し、その先の接種は100%州に任せるというものでした。私の住むワシントン州では、そのワクチンが、それぞれの市町村のホスピタルにさらに分配され、そこから医療関係者への接種が行われました。

医療関係者への接種が一通り終わると、65歳以上の高齢者への接種が始まりましたが、この瞬間だけは少し混乱がありました。十分な数がなかったこともあり、どこの予約サイトに行ってもすぐに一杯になってしまったのです。「65歳以上なのにワクチンが受けられない」という声が聞かれたのもこのころです。後から考えてみると、65歳ではなく、一旦75歳以上に開放してから、徐々に年齢を引き下げるべきでした。

この段階では、接種会場の段取りも悪く、会場についてから申込書を書いたり、予約して行ったにも関わらず、1時間以上待たされた、などのケースも数多くあったようです。「予約しにくい状況」は、2月の中旬から3月の中旬の1ヶ月ほど続きました。

しかし、その状況も3月の後半に入ると大きく変わりました。ホスピタルの代わりに、ドラッグストア(薬局)などでワクチンの接種が始まったのです。日本で言えば、駅前の「マツモトキヨシ」のような場所での接種です。

大手ドラッグストアチェーンが各店舗でのワクチン接種を始めた結果、突如、予約がしやすくなり、一気にワクチンを受けた人が増え、対象年齢のさらなる引き下げも可能になりました。

CDCは、これを「Federal Retail Pharmacy Program Partners」と呼んで(Pharmacyは「調剤薬局」)、参加しているドラッグストア・チェーンの名前を公開していますが、Costco、Safeway、Walmartのように、「薬も売っているスーパーマーケット・チェーン」が全て参加しているため、その数は膨大です。日本で言えば、イオン、ダイエー、イトーヨカドー、ドンキホーテ、西友、ライフに相当する企業群です。

私も対象年齢がさらに広がった3月末に近所のドラッグストアで接種しましたが、お店からトイレに行く通路に、椅子と衝立をおいただけの、とても簡易な場所で、薬剤師から筋肉注射をされました(米国では、薬剤師もトレーニングを受ければ注射をしてよいことになっています→参照)。

必要な情報は、既に予約の段階でウェブサイトからすべて入力していたので、会場についてからは、身分証明書の確認だけで、問診もなく、あっといういまに終わってしまいました。正味3分もかかりませんでした。つまり、薬剤師一人あたり、1時間20人、8時間働けば160人に注射を打つことが出来ます。

ドラッグストアは、ワクチン接種そのものでは大して儲けることは出来ませんが、接種に来た人がついでに買い物をしてくれれば良いという判断です。私が行ったドラッグストアでも、接種後に5ドル分のクーポンをくれましたが、そこにドラッグストアなりの計算が働いていることが良く見えます。

ドラッグストアは、米国中に何千店舗もあるので、そこが機動力を発揮して、一気にワクチン接種を行なったのです。ドラッグストアだけでなく、AmazonやMicrosoftが、特設会場を設置して大量接種を行うなど、とにかく民間の力の活用方法が上手でした。

なので、日本のように役所に電話や人が殺到するようなことは一切ありませんでした。州や市町村の役人が行なったことは、連邦政府から配布されたワクチンを、民間に再分配することだけです。

下のグラフはCDCが公開している、1日ごとの接種数です。接種が始まった12月14日から、直線的に接種数を増やし、ピークの4月1日には、1日ごとに427万接種という規模で行われました。

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ちなみに、予約サイトは、ドラッグストアのチェーンごとに別々のものが作られていましたが、どこも良く出来ていました。医療関係者のみにホスピタルから配布されていた段階で、開発を進めていたのでしょう。

ちなみに、ワシントン州のサイトに行くと、近所の接種会場とそれぞれの予約状況を教えてくれます。

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多分、当初からサイト間の連携の必要性を感じ、サーバー間のインターフェイスだけは定めた上で、並行して開発を進めたように見えます。

ちなみに、現時点では年齢制限も外れ、大人の60%近くがワクチンを少なくとも1回は接種した、という状況にあります。今週からは、子供たちへの接種も始まるので、人々の間には、既に「危機を脱した」という感覚があふれています。

下のグラフは、CDCが公開している米国のワクチンの接種状況です。

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日本ほどでもありませんが、米国にもワクチンを嫌がる人たちは少なからずいるので、トータルで80%程度で頭打ちになるだろうと私は見ています。

たとえ80%の接種率でも、接種していない人が分散していれば、十分な集団免疫が得られますが、実際はそうは行かないのが問題です。

米国の場合、ワクチン嫌いの人は、田舎に暮らす保守的な考え方の人たちに多いため、そんな地域だけを見ると、摂取率が大幅に下がってしまい、集団免疫の役を果たさなくなってしまい、そこでクラスターが発生してしまう可能性が高いのです。

下のグラフは州ごとの接種率を表したものですが、海岸沿いの州は既に(人口全体の)80%を超えている(濃い青)一方、南西部の州はまだ65%以下(薄い緑)です。

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ちなみに、下の図(Wikipediaより引用)は、州を支持政党で色分けしたものです(民主党が青、共和党が赤)。上の図と驚くほど一致していることが分かります。

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image by: Angr, CC BY-SA 3.0, ウィキメディア・コモンズ経由で

つまり、ここから起こりうるシナリオとしては、ワクチン接種率の高い西海岸や東海岸の都市部は集団免疫を確保して、新型コロナが鎮静化する中、一部の農村地帯では、いつまでたっても収束せず、しばしばクラスターが発生する、という状況が十分に考えられるということです。

長くなってしまいましたが、以上の話をまとめると、米国は

早い段階で莫大な研究開発費を投じてワクチンの開発を支援 治験も終わらないうちに大量のワクチンを買い入れる契約を締結

の2つの行動により、ワクチンを確保し、

徹底的なロックダウン

により時間を稼ぎ、

連邦政府が調達したワクチンを各州に分配 大手ドラッグストアとスーパーマーケットの店舗を接種場所として活用 医者や看護師ではなく、薬剤師による筋肉注射

という戦略により、前代未聞の大量ワクチン接種を成功させたのです。特に「科学にめっぽう弱い」トランプ氏が大統領だった2020年に、あれだけ正しい政策が実行できたことは、国を運営するのに必要なシステム設計そのものが、とても良くできている証拠です。

日本は、役所がワクチンの予約や会場設置まで行っているようですが、なかなかワクチン接種が進まないのも当然です。米国と同じように、ドラッグストアを活用するなど、民間の機動力を生かした作戦に早急に切り替えるべきだと思います。

しかし、私が一番懸念しているのは、日本人のワクチン嫌いと政府への不信感です。ようやくワクチン確保の筋道は見えたようですが、接種が進まなければ集団免疫を得ることが出来ず、いつまでたっても感染拡大を収束させることが出来ません。

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