開戦から5ヶ月半を経てもなお激しい戦闘が続くウクライナ紛争ですが、その責任はロシアのみに求められるものではないようです。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では著者でジャーナリストの高野孟さんが、「NATOの拡大は米国の致命的な政策の失敗」とするピューリッツァー賞受賞作家の超大作の内容等を紹介。さらに自国優越思想で結果的にロシアを追い詰めたアメリカの責任について考察しています。

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NATOの東方拡大は米政策の最も致命的な失敗/ティム・ワイナー『米露諜報秘録』を読む

本誌はウクライナ戦争勃発の当初から、ロシアの侵攻は突然でも一方的でもなく、短く見ても2014年のミンスク合意以降の8年間、長くとれば1989年マルタ会談での冷戦終結宣言とその後の米欧によるNATOの東方拡大から33年間にも及ぶ米露の駆け引きの結末であることを指摘してきた。

※ 本誌No.1145(3/28)「歴史の物差しの当て方で視点が変わる」、No.1148(4/11)「NATOはなぜ今もこの世に存在しているのか」など

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元NYタイムズ記者で国際関係に関する調査報道でピューリッツァー賞も得ているティム・ワイナーの近著『米露諜報秘録1945〜2020/冷戦からプーチンの謀略まで』(白水社、22年7月刊)は、冷戦の始まりから終わりまでの米ソの政治戦・情報戦を、機密扱いを解かれた外交文書や当事者の回想など豊富な資料を駆使して描いている。その中でとりわけ印象的なのは、まさに「冷戦」による旧ソ連の「封じ込め」戦略の立案者であるジョージ・ケナン元モスクワ駐在大使が、冷戦後の1999年、NATOにポーランド、チェコ、ハンガリーが加盟し、さらにバルト3国やルーマニア、ブルガリアなど旧東欧諸国が雪崩を打って加盟しようとしているのを見て次のように語ったことである。

▼NATOの拡大は、冷戦期の全期間で最も致命的な米国の政策の失敗だろう。
▼こうした決断は、ロシアの世論の民族主義的、反西側的、軍国主義的傾向を煽り、ロシアの民主主義の発展に悪影響を及ぼし、東西関係に冷戦期の環境を復活させ、ロシアの外交政策を我々にとって決定的に好ましくない方向へ押しやることが予想される……。

ケナンは2005年に101歳で亡くなったが、今ウクライナを巡って起きているのは、まさに彼が予言した通りのことではないのだろうか。

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米国内にもあった慎重論

しかも、NATO東方拡大への懸念は決してこの老戦略家一人のものではなく、米国政府の中枢にも同じ意見を持つ者がいた。例えばブッシュ父政権のCIA長官=ボブ・ゲイツは、

▼ロシアにとって特別な屈辱と困難の時に、NATOの拡大を東に向かって推し進めたことは、たとえゴルバチョフをはじめとする者たちがそれは少なくともすぐに起きることはないと信じ込まされたとはいえ、米国とロシアの関係をさらに悪化させただけでなく、彼らと前向きな取引をすることをずっと困難にしたと思う。

――と、プーチンが権力を握った直後の2000年に語っている。クリントン政権内では国防総省と国務省の実務派は慎重意見で、「平和のためのパートナーシップ」を提案していた。ロシアおよび旧ワルシャワ条約機構加盟7カ国がNATOに加盟するのではなく、パートナーとしてNATO理事会に参加して情報共有し、また軍同士の交流を進めるという構想で、これならばロシアも除外されたとは思わないだろう。

ゴルバチョフ以降のロシアの指導者たちが全員、米国に欺かれたと思い、しばしば怒りをぶつけてきたのはもちろんのことである。

▼なぜ不信の種を蒔いているのです?歴史は、諸大陸と国際社会の運命を1つの国の首都〔ワシントン〕から操れると思うのは危険な幻想であると教えている(エリツィンがクリントンに直接)。
▼我々はNATOがそのミサイルをロシアの領土に向けた軍事圏として際限なく東へ拡大することはないと保証されたと考えている(メドヴェージェフ)。
▼米国人はソ連に対する完全な勝利を求めていた。彼らはヨーロッパの王座に一人で座りたがっていた(プーチン)。

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クリントンの二枚舌外交

クリントン政権のクリストファー国務長官とその副官であるジャーナリスト出身のタルボット国務副長官は、表向きパートナーシップの構想をロシアに提示し、酔っ払いのエリツィンを説得することに成功していたものの、本音ではロシアを欧州安保から除外し、やがて「新・封じ込め」へと進まざるを得ないと考えていた。理由は簡単で、米国がどう思おうとポーランド人やチェコ人は安全保障に関してロシア人と上手くやっていくなどとは夢にも考えなかったからである。

タルボットは、「ロシアは、こちらに歩み寄るか、歩み寄らないかだが、歩み寄る場合には、ソ連がそうだったように、崩壊するだろう。ロシアが我々のほうへ歩んで来なければならない。これは、我々の『例外論』の原則を不愉快にも承認するものに思えるかもしれない。それはお気の毒様。これが我々だ。これが米国だ。我々は例外的なのだ」と書いている。「米国を、民主的な選挙や出版の自由、多元主義、自由市場、市民社会、法の支配、独立した司法、チェック・アンド・バランス、少数派の権利の尊重に向かう正しい道をロシア人のために照らし出す灯台となって、船底の汚水が悪臭を放つロシア号を港に導かなければならない」とも……。

この米国優越思想――何が多元主義だ、少数派の権利の尊重だ――を吹き込まれて、クリントンはエリツィンにNATOの東方拡大方針を通告した。「これに賛成することは私のロシア国民への裏切りになる」とゴネるエリツィンに、クリントンはIMFを通じて計114億ドルの緊急援助を与えること、ロシアにG7の参加資格を与え「G8」とすることなどの人参を振り撒いて黙らせたのである。

ちなみに、「G8」は2013年まで続き、14年からはクリミア併合を理由にロシアの参加資格は剥奪された。その年から、ウクライナ東部のドンバス地方のロシア系住民に大幅な自治権を与える制度を作り出すためのミンスク合意の交渉が始まる訳で、ここにおいてNATO東方拡大33年とミンスク合意8年の2つの歴史の物差しが接合することになる。

以上は、ワイナーの新著「第7章・黄金期の欺瞞に満ちた夢」のほんのさわりの部分である。今のウクライナ事態をより深く理解するためには400ページを超える本書を繙くことをお勧めする。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2022年8月8日号より一部抜粋・文中敬称略。全文はメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』を購読するとお読みいただけます)

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