雑誌発行部数1位の「ジャンプ」のウソのような過去の歴史

『ONE PIECE』、『鬼滅の刃』、『呪術廻戦』など、人気アニメ原作の掲載誌として有名なマンガ雑誌「週刊少年ジャンプ」。しかし、「ジャンプ」にはアニメとは一切かかわりのない「アニメ鎖国時代」ともいえる時期がありました。

「ジャンプ」は1968年7月11日創刊。当初は月2回の発売でしたが、1年ほどしてから「週刊」に変更されました。そして、創刊わずか5年ほどの1973年には「週刊少年マガジン」を抜いて雑誌発行部数1位となります。

 この「ジャンプ」初のアニメ作品は? ……というと、『紅三四郎』といちおうは言われていました。しかし、『紅三四郎』はTVアニメ化が前提の企画で、もともとは「週刊少年サンデー」で連載されていたマンガです。それがTVアニメ放送に合わせて「ジャンプ」でコミカライズとして掲載された経緯になります。

 それを踏まえると「ジャンプ」初アニメ化作品は、本宮ひろ志先生の『男一匹ガキ大将』になるでしょう。創刊初期の「ジャンプ」を支えた作品で、その後は実写映画化もされました。この作品を見て漫画家を目指した人も多くいたそうです。

 この『男一匹ガキ大将』と共に当時の「ジャンプ」の柱と言われた作品が、永井豪先生の『ハレンチ学園』でした。アニメ化こそされませんでしたが、その人気から実写劇場版やTVドラマ化されています。しかし、その過激な描写から、PTAや教育委員会からのクレームが多く寄せられて社会問題になるほどの事態になりました。本来の「破廉恥」という意味とは少々ズレて、「ハレンチ」という言葉がスケベを意味するようになったことからも、その影響は世代を超えて大きく広がったと言えるでしょう。

 その後も『ど根性ガエル』、『侍ジャイアンツ』、『荒野の少年イサム』など、「ジャンプ」の人気連載作品は次々とアニメ化されていきました。そんな時、TVアニメ化前提の作品が連載を始めます。それが永井先生の『マジンガーZ』でした。

 本作は人気作『ハレンチ学園』最終回の翌週からの連載という異例のスタートで、当時の永井先生への「ジャンプ」編集部の期待度が分かります。もっとも編集部は『ハレンチ学園』のような作品を期待していたのに、永井先生側はアニメ化が決定していた『マジンガーZ』の連載先を模索していたというズレがありました。この時の永井先生は『デビルマン』の連載に注力していて、これ以上の連載作品が描けなかったという事情も大きかったようです。

 連載が開始されるとTVアニメとの相乗効果で『マジンガーZ』は「ジャンプ」の人気作品のひとつとなっていきました。ところが、スポンサーサイドから『マジンガーZ』のマンガを低年齢層向けの雑誌にも連載してほしいとの強い要望があり、この一件が引き金となって「ジャンプ」では人気絶頂時にも関わらず最終回を迎えることになります。

 この時、ラストページで「いろんな都合により今回で終わり」「つづきはテレビで見てね」という当時の子供には分かりづらい形で未完結のまま連載終了となりました。ちなみに後に販売されたコミックスでは、この後の展開が描き下ろされ、物語はキチンと完結しています。

「鎖国」を「開国」へと導いたきっかけに 著:鳥山明『Dr.スランプ』電子版第1巻(集英社)

「鎖国」を「開国」へと導いたものは?

 この出来事がきっかけか分かりませんが、この後から「ジャンプ」作品のアニメ化はしばらくありません。その前後のアニメ化の流れから考えると、まるでアニメとは「鎖国」ともいえるほど距離の離れた関係が続いていきました。これに関して編集部としては、作品をTVアニメで無料放送することで読者が満足し、その結果、雑誌やコミックが売れなくなると懸念していたそうです。

 この間も「ジャンプ」はいくつものヒット作品を生み出していました。『アストロ球団』、『包丁人味平』、『ドーベルマン刑事』などです。なかでも『ドーベルマン刑事』は千葉真一さん主演で映画化、黒沢年男さん主演でTVドラマ化されました。

 また、これ以上に世間で話題になったのが、「スーパーカーブーム」を呼び起こした『サーキットの狼』です。この作品も実写映画化はされましたが、アニメ化はされておりません。この時期、各社がこぞってスーパーカーを扱ったアニメ作品を作ったのですが、本作はプラモデルが販売されただけで、それ以上の展開はされませんでした。

 この『サーキットの狼』同様に、連載当時に大ヒットしたのが車田正美先生の『リングにかけろ』でした。どれくらいの人気作だったかというと、「集英社ビルが改装できたのも『ジャンプ』が300万部突破できたのも『リンかけ』人気のおかげ」と、車田先生本人がマンガのネタにしたくらいです。当時はアニメ雑誌が創刊ラッシュだった時代で、そのアニメ雑誌の投稿欄にもファンから『リングにかけろ』のアニメ化希望は多く寄せられていました。

 他社の人気マンガですと、アニメ化されていても不思議ではないほどのヒット作を輩出しながらも、かたくなまでにアニメ化を敬遠してきた「ジャンプ」。ですが、とあるきっかけから人気作品のアニメ化に舵を切ります。その作品が『Dr.スランプ』でした。

 このアニメ化にも紆余曲折あります。もともとは長寿アニメ『一休さん』の後番組として東映動画(現在の東映アニメーション)がテレビ朝日と企画したのですが、編集部側はOKを出しませんでした。その後、この企画をこのまま立ち消えにするのは惜しいと思った東映動画は、フジテレビと旭通信社(現・ADKホールディングス)に企画を持ち込みます。そして、アニメ化に熱意のあったフジテレビ側に押し切られる形になり、最終的に経営判断という形で編集部が折れてアニメ化が決まりました。

 しかし、編集部側もアニメ化に対して主導権を渡さないように、当時の『Dr.スランプ』担当編集者の鳥嶋和彦さんにアニメに関しての契約、台本、キャラクターのチェック、コントロールを任せます。これが後の「ジャンプ」主導によるアニメ化システムになっていきました。

 その後、TVアニメ『Dr.スランプ アラレちゃん』は予想以上のヒット作品となり、「ジャンプ」編集部の方針は180度転換、アニメ化に積極的な方角へと舵を切ることになります。この結果、「ジャンプアニメ黄金期」とも言える時代を迎え、現在のようなヒットアニメの連載元という立場を確立しました。ちなみにその後、前述の『リングにかけろ』も連載終了から20年以上経ってからTVアニメ化されることになります。

 今の「ジャンプ」アニメが次々と製作される時代からは想像もできない時代でした。もしも『Dr.スランプ』がアニメにならなかったら、確実にその後の時代は大きく変わっていたことでしょう。