「被害に遭って傷ついているのに、まるで罰を受けるような日々でした」

 ナオさん(仮名、20代)は3年前、専門学校がオンライン授業になったので、運動不足の解消に滋賀県守山市の自宅近くを毎日ウオーキングしていた。その日は、認知症の祖母が着替えるのを見守ったため遅い時間帯になった。仕事から帰宅した母親と入れ替わりにナオさんが家を出ていく。いつも通りの光景。直後に、2人の人生は一変する。

 うたた寝をしていた母親は、「お母さん」と泣くような声で目が覚めた。玄関でナオさんが座り込んで、太ももにタオルを当てていた。ナオさんはウオーキング中、見知らぬ男に路地へ連れ込まれ、体を触られ、包丁で脚を刺された。激しく出血し、息も絶え絶えに説明する娘を、母親は「もう話さなくていいから」と抱きしめた。

 ナオさんは、治療を受けた後も近くに男の人がいるだけで怖がるようになった。「表情を失い、か細い声でしか話さない娘を見て、この子が心から笑うことはもうないのではと絶望感にさいなまれました」(母親)

 ナオさんがカウンセリングを受けていた時、28歳の男が逮捕されたと一報が入った。2人で抱き合って泣いた。ナオさんの第一声は「怖い」だった。「やっと日常が戻ってきていたのに、現実に引き戻された感覚でした。忘れていたことをまた思い出さないといけなくなった」(ナオさん)

 男はナオさんへの強制性交致傷罪と、別の場所で10代の女性に抱きついた強制わいせつ罪で起訴された。裁判では「仕事で行き詰まり、自殺する前に女性とセックスしたいと考えた」という動機が明かされた。

 男は一部の言動を否認し、ナオさんの証人尋問が行われた。ナオさんは約2時間の尋問を何とか乗り切ったが、弁護人は証言の曖昧な箇所を羅列し、「信用できない」と断言した。「なぜ自分が悪かったように言われなければいけないのか。理不尽だった」

 判決ではナオさんの証言の信用性が認められ、男に懲役10年が言い渡された。今では「自分のために多くの人が関わってくれて、裁判に参加して良かった」と思えるという。

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 被害の訴えが事実かどうか、被害者が法廷で問い詰められるケースはこれまで少なくなかった。時に性行為の内容を具体的に聞かれ、大きな精神的負担を強いられることもあった。

 性犯罪を巡る昨年7月の刑法改正では、強制性交罪と準強制性交罪を統合して不同意性交罪に改称。犯罪の具体的な成立要件として暴行・脅迫やアルコールの影響、上司や教師の地位利用など8項目が初めて明文化された。これら要件の下で、被害者が「同意しない意思を形成、表明、全う」のいずれかが困難な状態にあった場合、不同意性交罪で処罰される。

 「8要件のいずれかがあれば原則、『不同意』と考えられる。同意の有無を根掘り葉掘り聞く必要は基本的になくなるはず」。立命館大の嘉門優教授(刑法)はこう説明する。

 法改正へと政治を動かしたのは、声を上げた性暴力被害者らの切実な訴えだった。嘉門教授は、要件の明文化により司法判断のぶれをなくせると見る。「従来は処罰範囲が狭く解釈される余地があり、明確な暴行や脅迫がないために門前払いされるケースがあった。埋もれていた被害が適切に立件されることが期待できる」。その一方で「処罰範囲が広がり過ぎはしないか。両輪から検証する必要がある」と指摘する。

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 刑法の性犯罪規定が改正され、男性アイドルへの性加害問題で大手芸能事務所が社名変更に追い込まれた。自衛隊では女性隊員が訴えた性被害に有罪判決が出た。性暴力撲滅に向けた大きな潮流を止めないために、被害者の声に耳を傾け、今も残る課題を探りたい。

(まいどなニュース/京都新聞)