大津地裁の法廷で、ユリコさん(仮名、30代)の訴えが読み上げられた。

 「抵抗しているうちに私にとって体の一部である補聴器が外れ、何も聞こえなくなりました。自分の抵抗する声も、過呼吸のような速く短い呼吸をする声さえも聞こえなくなった時には絶望を感じました」

 ユリコさんには先天的な聴覚障害がある。ある年の夏、滋賀県内のアパートの廊下で、男にいきなり背後から布をかぶせられて目隠しをされた。殴られ、アパートの空き部屋に連れ込まれた。抵抗する中で補聴器が外れ、周囲の音が全く聞こえなくなった。さらに手足を縛られ、乱暴された。

 性暴力の途中、男が目隠しの隙間からユリコさんにスマートフォンの画面を見せてきた。「耳が聞こえないのか」。その後も男は画面に文字を入力し、性的な行為などを指示した。犯行は4時間に及んだ。

 逮捕された加害者の男は会社の同僚だった。裁判で、被害者に聴覚障害があることを知っているかと問われ、「知っていました」と答えた。男が計画段階でスマホに打ち込んでいたメモには「耳も聞こえない、声すら聞こえない。警察に駆け込んでも捕まらない」という文面もあった。

 男には懲役13年の判決が言い渡された。

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 ユリコさんの事件の後に施行された改正刑法は、「同意しない意思を形成、表明、全うすることが困難な状態」で性交するなどした場合に不同意性交罪や不同意わいせつ罪で処罰するとし、成立要件として具体的に8類型を例示した。この類型の一つに「心身の障害」が盛り込まれた。

 背景には、障害者を巡るいくつもの課題がある。法政大の岩田千亜紀助教(社会福祉)が性暴力を受けた障害者を対象に昨年行ったアンケートで、回答した54人のうち、被害後に誰にも相談しなかった人は10人もいた。相談した人でも「目が見えないため加害者の容姿を説明できない」「被害を信じてもらえない」などの困難を感じていた。

 今回の事件のように、障害がもとで加害者の接近を察知しにくかったり、「訴えられないだろう」とつけ込まれたりするなど、障害がある故に被害に遭いやすいという事情もある。海外の研究では、障害者が性暴力に遭うリスクは障害がない人より3倍も高く、視覚や聴覚に障害がある人はさらに高まるとされる。

 岩田助教の調査では、知人が加害者となる割合の高さも浮かび上がった。被害者支援団体による過去の調査で加害者が知人だったケースは約23%だったが、岩田助教の調査では実に約61%に上っていた。

 調査に対し、「障害者は支援される側で、少々の不都合は我慢すべきという認識が社会にあるように思う」と回答した被害当事者もいた。岩田助教は「差別や偏見が性暴力につながっている実態が明らかになった。社会全体の意識を変えなければ」と訴える。

 性暴力被害者の支援団体などは、「障害に乗じた性犯罪」の創設や、被害者に障害がある場合の公訴時効廃止・延長を求めているが、昨年の刑法改正では見送られた。

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 刑法の性犯罪規定が改正され、男性アイドルへの性加害問題で大手芸能事務所が社名変更に追い込まれた。自衛隊では女性隊員が訴えた性被害に有罪判決が出た。性暴力撲滅に向けた大きな潮流を止めないために、被害者の声に耳を傾け、今も残る課題を探りたい。

(まいどなニュース/京都新聞)