いきなり私事で申し訳ないのですが、筆者は以前BMWのR65というオートバイに乗っていました。それで、その名前にちなんで「国道65号の標識の下で写真を撮ろう」と思い立って、さてそれはどこのエリアを通っているのかなと調べたのですが……。

憧れのルート66

 国道のことを「R2」とか「R173」とか略して書くことってありますよね。これは「Route」(ルート)の略だそうで、さらに余談ですが都道府県道は小文字のrが一般的に使われているようです。

 これはアメリカでも使われたりするみたいで、シカゴとサンタモニカを結ぶルート66なんか特に有名ですよね。ジャズのタイトルやテレビドラマ、特に映画では「カーズ」や「イージーライダー」の舞台にもなってました。アメリカ大陸をひたすら飛ばしまくるお馬鹿さん映画(褒めてます)「キャノンボール」でも走ってましたね。あの映画が封切られた頃(1981年)のアメリカはオイルショック以来の最高速度55mph(時速88キロ)規制が全土で続いていたはずですから、彼の地の人々にはその辺りの鬱憤を晴らす痛快なストーリーだったのでしょう。

 ルート66はその後、州間高速道路の発達で新しい道路に置き換えられて、1985年に廃道になりました。しかしいまでもアメリカを象徴する道路として愛されていて、「旧国道66」として全体の8割ほどは残されているようです。

国道65号が無い?

 さて、「R65」というオートバイを手に入れた筆者は、ごく自然な発想というか流れで「国道65号(R65)の国道標識をバックに愛車写真を撮ろう」と考えます。しかし、日本地図のどこを探しても(ウィキペディアで探す、というのがその頃まだあんまり習慣になってなかったのです)国道65号は見当たりませんでした。

 そう、実は日本の国道は58号の次は101号で、59号から100号は飛んでいるのです。アメリカのルート66はもともと62になるはずだったのを「なんとなく親しみやすいから」という理由でぞろ目の66にした、という経緯があるそうですが、日本の国道は一覧表で見る限りかなり整然と番号が並んでいて、どうもそういう緩い感じでは無さそうです。

 それで今回、この59から100までの欠番の理由について調べてみました。

最初の国道は特に番号が無かったらしい

 以前にもご紹介したことがあると思いますが、日本の「国道」というのは「国が政令で指定した道路の総称」です。最初に国道が定められたのは1876年で、その時には一等国道から三等国道まで三つのカテゴリーがありました。全ての国道は東京の日本橋を起点にしていて、そこから横浜港・大阪港・神戸港・長崎港・新潟港・函館港の六つの港までを結ぶのが一等国道、伊勢神宮や京都、陸軍の司令部のあった仙台や広島などを結んでいたのが二等国道、全国の県庁所在地などを結んでいたのが三等国道、ということになっていたようです。

 これが1885年には廃止されて、国道1号から44号までの番号付きに整理されます。明治国道と呼ばれたこの国道は、その後随時追加されて1915年までに61号まで増えました。

 1919年には「道路法」が公布されて、大正国道と呼ばれる新しい路線が制定されます。最初は64路線、最終的には82路線あったと言われています。

一級国道と二級国道、戦後の国道の歴史

 さて、いよいよ時代は昭和、現在の国道の元になる国道が新しく制定されます。1952年、全面的に改正された道路法で、一級国道と二級国道という新しいカテゴリーが生まれました。それぞれ細かい規定はあるのですが、簡単に「より重要な路線が一級国道」っていう感じですね。それで当初、一級国道は1号から40号までの40路線、二級国道は101号から244号までの144路線が指定されました。

 そう、実はこの「一級国道と二級国道という二種類の国道があった」というのが、「間に飛んでる番号がある」ことの理由なんですね。

 その後、1963年までの間に二級国道の14路線が一級国道に格上げされて、二桁の国道が57号まで増えました(その際に元々二級国道だったときの三桁の番号は欠番になりました)。

 1965年には「道路事情も変化してきたし、あえて国道を「一級」と「二級」に分ける必要って無くね?」ってことで統合されて、どちらも「一般国道」になります。そして以降は基本的に、国道に二桁の番号はつけられなくなります。1972年に沖縄の本土復帰で県内の道路が58号に指定されますが、これは1965年以降に指定された唯一の二桁の国道ですね。

 またその間にも三桁の国道はどんどん新しく指定されて、この原稿を書いている時点で507号に達しています。

 そんなこんなで、筆者が撮りたかった国道65号はおそらくこの先も出現することは無さそうですね……。

(まいどなニュース特約・小嶋 あきら)