離婚後の子どもの親権のあり方について、訴訟や問題提起が相次いでいます。では子どもの立場では−?両親が離婚して母親の元で育ち、自身も離婚してシングルマザーになったある女性に話を聞きました。

過去をなくしてしまいたかった

 「父に再会するまで、昔を思い出すことすら嫌で、なくしてしまいたかった」。女性は過去の自分をそう振り返る。

 小学4年生の頃、父のリストラをきっかけに、母から父の不満を聞かされるようになった。家を支えるため母は働き始め、女性は4つ離れた妹の世話を任された。ゆで卵に卵焼き、みそ汁…。家庭科で覚えたばかりの料理を作っては、二人で食べた。その後も両親の諍いは絶えず、大げんかの末に別居。中学3年の時、調停を経て両親の離婚が決まった。

 妹が母と暮らすと言ったため、女性は父と暮らすつもりだったが、母は「母子家庭じゃないと進学のための奨学金が取れない。それでもいいの?」と迫った。悩んだ末に、父に「学校に行きたいから、お母さんの所に行く」と告げると、父は寂しそうに「そうか」と言った。罪悪感と無力感と苛立ちと…何もかもが嫌で自暴自棄になりかけていた女性に、中学校の恩師が手紙をくれた。白い封筒に花柄の便せん。そこには「お前なら何でもやれる」と書いてあった。恩師は卒業するまで毎日のように手紙を書いてくれ、励ましてくれた。

「父には会えない」と思い込んだ

 恩師の支えもあって女性が無事に進学した後、しばらくして母は再婚した。再婚相手には「(母とは)かなり前からの付き合いだった」と聞いた。「その瞬間に冷めてしまったというか、何もかもバカらしくて、母の事も信じられなくなった」と女性。妹の食事を用意するため好きな部活も思うようにできず「自分は何なんだろう」とやるせなさが募った。面会交流の制度もあったが、母に「お父さんが会いたがっていない。『嫌い』と言っていた」と言われ続け、「連絡を取ることも、会うこともできないと思い込んでいた」。

 自立したいとバイトで月10数万円を稼ぎ、免許を取って父がよく乗っていたバイクを買った。19歳の時、偶然父方の祖父母が健在と知り会いに行ったが、父は仕事で不在だった。

 20歳を過ぎると母は「早く結婚しないと」とせかした。だが付き合っていた男性を紹介すると、猛烈な反対を受けた。「自分が家を出れば妹に同じ負担が行くかも」と悩み、結婚は白紙に。その後、母が認めた男性と結婚し、2人の子どもにも恵まれたが、夫は仕事第一で子どもや家の事は苦手なタイプ。価値観の違いは埋められず、親の不和で子どもの笑顔がなくなるぐらいなら…と、夫と話し合い離婚を決めた。養育費は要求せず、夫が望まなかったため面会交流もなし。ただ一つ「成人するまで、クリスマスには子どもたちにプレゼントを贈る」という約束をして、別れた。

「いつか、子どもたちが会いに来た時に」

 母子での再出発。その矢先に、祖父母から事情を聞いた父が連絡をくれた。13年ぶりに会った父は10㎏近く痩せ、シワが増えて小さく見えた。女性から「母の元に行く」と言われて辛かったこと、「子どもたちが会いたがっていない」と聞かされ、そう思い込んでいたこと…。それでも「いつか子どもたちが会いに来た時に恥ずかしくないように」と必死で働いてきたといい、「お前たちにできなかった分、孫にしてやりたい」と照れくさそうに言った。嬉しそうに孫をあやす父の姿に、やっと「地に足が着いた」気がした。

 「母にしてみれば、一番大変だった時期に自分が家族を支えてきたという自負もあったんだと思います。だからこそ、私が父親を取るなんて許せなかったんでしょうね。母にはすごく感謝しているけれど、私にはそれがずっと重荷だった。お父さんの事を言ってはいけない。資格もない。不満があっても、母の期待に応えた上じゃないと先には行けない。そうやって自分をがんじがらめに縛って無理をし過ぎてきた。でも、お父さんに会って『私の事を嫌ってはいなかったんだ』と知ることができて、救われたんです」

「親権」が全てじゃない

 その後、女性は必死で働き、「子どもも含め、大切にしたい」と言ってくれる男性も現れた。自身も離婚経験があり、子どものことも前夫のことも認めてくれる人だった。母は「あんたは結婚には向かない人間だ」と反対したが、父は「幸せになれ」と背中を押してくれ、再婚を決めた。

 赤ちゃんも授かり、子どもたちもかいがいしく世話を焼いてくれた。そしてクリスマスには今も、前夫からプレゼントが届く。「別れても、子どもたちにとっては父親。いつか真実に気付いた時に、『お父さんは自分のことを忘れていなかった。ずっと大切に思ってくれていた』と思ってくれたらいいな、って」

 法務省によると「親権」とは、未成年の子どもの利益のために監護・教育を行ったり、子の財産を管理したりする権限であり義務−とされている。日本では離婚後は片方の親が親権を持つ「単独親権」が採用されており、国の人口動態統計(2016年)によれば、離婚後も交流できている親子は全体の約3割。DVや虐待などへの対応は前提とされるべきだが、子どもの立場から共同親権や面会交流の確保を求める国賠訴訟も続いているほか、諸外国では「子どもの権利」の観点から“親権”という概念自体の見直しも進んでいる。

 女性は言う。「『親権』は確かに一つの形だけど、それが全てじゃないはず。親権の奪い合いに巻き込まれた子どもは、別居親を恋しがる気持ちも自分の中に抱え込み、自分の気持ちなんて二の次にしてしまう。それよりも、たとえ離婚して『家族』じゃなくなっても、どこかに自分の事を大切に思ってくれる親がいる、いてくれた、と思えることが大事では」

 「というか、極論すれば、親じゃなくたって祖父母でも赤の他人でもいい。私にとっての中学の恩師のように、しんどい時に、誰か一人でも自分を大切に思ってくれる大人がいるだけで、救われると思う。子どもたちにも『絶対誰かが助けてくれるから、一人で抱え込まないで』と伝えているんです」

(まいどなニュース・広畑 千春)