兵庫県内の小学校に通う4年生の女の子は昨年、病気療養中の祖父を亡くしました。この夏、初盆を迎えるにあたり、お母さんと女の子はこんな会話をしました。

 お母さん「こんなに暑いと(亡くなった)じいちゃんもビックリやろね」

 小4女児「まだコロナ続いてんのかよ!てビックリするだろうね。じいちゃん元気かな?死んだけど」

 じいちゃんが大好きだったという女児は恋しそうに遠くを見つめたそうです。

お坊さん「きっと元気にしていますよ」

 お母さんは筆者の知人。この話をLINEで知った筆者は、女児の疑問に答えてくれそうな人を探しました。

 源平ゆかりの名刹で、地元では「須磨のお大師さん」の呼び名で親しまれる神戸・大本山須磨寺の副住職小池陽人さんに相談すると、女児の言葉を「素晴らしい感覚だと思います」。二つ返事で回答を引き受けてくれました。

 女児の疑問に対する小池副住職の回答を紹介します。

 「おじいさんは、きっと元気にしていますよ。姿は見ることはできないかもしれないけど、実は、いつもそばで見守ってくれています。遠いところに行ってしまったわけではなくて、すぐ近くで支えてくれている。だから、今日のようにおじいさんのことを話している言葉もきっと聞こえていると思う。そして、きっと喜んでいると思う。忘れてはいけないことは、おじいさんも、みんなのことをいつも考えて思ってくれているということ。それは、生きていた時のように目には見えないし、耳でも聞くことはできない。でも、おじいさんのその思いを心で受け止めてください。それは、毎日を感謝の心で過ごしていればきっとできることだと思います」

お坊さんの回答に女児は…

 小池副住職の言葉をお母さんが読み上げると、女児は神妙な顔つきで感想を口にしました。

 「感想は…うまく言葉にできへん。でも、どこかにじいちゃんがおるんやな、と思ったらさびしくない!」(小4女児)

「生きるとは何なのか考える大切な機会」

 小池副住職に話を聞きました。

 ーー今回の小学生の疑問をどう思われますか。

 「『死を考えることは、生を考えること』という言葉があります。大好きなおじいさんが、亡くなった後どうしているのだろうか。そのような疑問をもつことから、生きるとは何なのか、死とはどういうことなのだろうか、ということを考える大切な機会だと思います」

 「昔の日本では、地域の中で見送りが行われてきました。自分の身内に不幸がなかったとしても、死とかかわる機会がたくさんにあったのです。今は死がどんどん非日常となり、遠ざかっているように感じます。そのような中で、大好きな方の死とどう向き合うかは、これからの人生を歩んでいくうえで、とても大切なことだと思います」

 「日常の中で亡くなったおじいさんのことを考えていること。そしてお母さんとの話題になっていること。私はそのこと自体が、亡くなった人を偲(しの)ぶ、大切な供養になっていると思います」

 ▽大本山須磨寺…兵庫県神戸市須磨区須磨寺町4丁目6-8。毎月20、21日は「お大師様の縁日」が行われる。YouTubeチャンネルの法話「須磨寺小池陽人の随想録」も人気。

(まいどなニュース・金井 かおる)