夢枕に立った犬

楽ちゃん(17歳・メス)は、15年ほど前、公園で放浪していたところを現在の飼い主、北村さんに出会った。

北村さんは、楽ちゃんの前にふーちゃんという犬を飼っていたが、がんで亡くした。17年間一緒に暮らしたスピッツ系のミックス。家族同然に暮らしてきた子が、ある日いなくなる。人間ではなくても、姿かたちは犬であっても、その子は家族。北村さんは、ふーちゃんがいなくなって、ペットロスという言葉では語り尽くせないほどの悲しみや喪失感、無力感を感じていた。

「ネガティブなことばかり次から次へと襲ってきました。そして、多くのご家族が思うことだと思いますが、その悲しみは到底言葉では表せないし、どんなお悔やみの言葉も慰めにはなりませんでした」

そんなある日、ふーちゃんが夢に現れた。北村さんは、ふーちゃんに聞いた。「いつ、帰ってきてくれるの?」と。

「ペットの生まれ変わりを信じる人は少なくないと思います。当時の自分は、『必ずふーちゃんは帰ってくる。そして、今度こそ約束を果たしたい』と思っていました」

おかあさんのところに送る子を選んでいる

晩年、末期がんで苦しむふーちゃんに、「きっとお母さんが治してあげるから」と北村さんは約束した。かなうことのない約束だった。しかし、当時は一日でも長く延命したいと必死だった。北村さんは、旅立つふーちゃんに「今度こそ痛い思いはさせない、必ず帰ってきて」と心の中で語りかけたという。

「楽と同じく、ふーも偶然出会って保護した子でした。叔父の通夜の夜、どこからともなく現れて、受付に座っていた私の足元にぴったりと寄り添ったのです。その時飼っていた先住犬のねねも父の命日に保護しました。我が家の犬は親族の死と関係があるのでしょうか。とても不思議な出会いでした」

夢に出てきたふーちゃんは、元気で若く健康そのものだった。にこにことしながら、こう言った。

「今、おかあさんのところに送る子を選んでいるところだから、すぐに行かせるよ、待っていてね」と。とても不思議な夢で、起きてからも鮮烈に覚えていた。何の根拠もなかったが、北村さんは「ふーちゃんは帰ってくる」と信じた。

ゴミ箱を漁ろうとしていた犬

ふーちゃんが旅立ったのは、残暑厳しい8月。秋がきて、冬がきて、悲しみが癒えないまま寒くなった。その頃、北村さんは駅の近くの公園で、1匹の犬を見かけるようになった。毛がぼそぼそ長く、ヨークシャーテリアを大きくしたような子だった。それが楽ちゃんだった。

「もちろん、ふーとそっくりの子を探していた私には対象外でしたが、遠くからじーっと私を見つめているその子と目が合うようになりました」

犬はしばらくするとどこかへ立ち去っていくのだが、何か目的を持っているようで、北村さんは,「おそらく地元の人が放し飼いをしているのだろう」と思った。そんなことが何度か続き、年が明けて寒い2月になった。

「公園を通った時に、偶然その子に出くわしました。公園のごみ箱に食べ物が捨てられていたのでしょう。必死に、ごみ箱のふちに前足を伸ばしたのですが、そのごみ箱は、吊り下げ型で、その子が前脚を伸ばしてジャンプするたびに揺れて、全く届きません。やがて、諦めたようにしょんぼりと公園から去っていきました」

楽しく楽(らく)に暮らしてほしい

北村さんは悲しみでいっぱいになった。

「この子はきっと誰の犬でもないのだろう。そのあたりをうろついていて、食べ物をもらいながら命をつないでいるに違いない」

帰宅後家族に相談した。子供の頃から犬好きだった北村さんのお母さんは、ふーちゃんが亡くなった時に、「もうこんな悲しい思いは二度と嫌だ」と言っていたが、話をしているうちに、ぽつんと言った。「連れてきたら」と。

翌日、北村さんは自転車で公園まで行き、あちらこちら探した。このあたりをうろついているに違いない。でも、犬はいなかった。外に出ていた近所の人に聞いても、「そんな犬は知らない」と、そっけなく言われた。会えなければ縁がなかったと思おう、と帰ろうとした時、小さな路地から犬がひょっこり現れた。

「私が持って行ったごはんを何の疑いもなく平らげ、抱き上げても声も出さず、抵抗もせず。そのまま自転車の籠に入れて連れ帰りました。そして、すぐにお風呂に入れたのですが、体はドロドロに汚れていて、栄養失調で痩せこけ、毛もところどころ抜けていました。ダニも無数にいました。きれいにして、お腹いっぱいごはんを食べさせて、その夜は、台所につないで寝かせました」

すると夜中に寂しくなったのか、犬はか細い声で鳴いていた。近づくと、おびえたような顔で見上げた。寝床にしていたタオルにおしっこをしていて、それを必死に隠そうとしていたのだった。

「その姿が不憫で、抱き上げてリビングにつれていき、そのまま温かい部屋で寝かせました。次の夜からは、ちゃっかりと私の部屋のベッドに上がってきました」

名前は、あれこれ考え、これからは楽しく楽(らく)に暮らしてほしいという思いを込めて、楽(らく)と名付けた。

ふーちゃんとの約束を果たせた

一緒に暮らしてみると、本当に驚くことばかりだった。まるでこの家のルールを最初から分かっているようだった。入ってはいけない部屋には、注意されなくても入らない。散歩に行っても引っ張らない。いつも歩調を合わせて並んで歩くか、後ろを歩く。散歩の途中で、他の犬に吠えられても、全く相手にしない。

おばあちゃん(北村さんのお母さん)と一緒に散歩に行く時は、何度も何度も振り返り、おばあちゃんがついてきていることを確かめて歩き出す。本当に優しい子だった。楽ちゃんは、いつも窓の外で外を眺めていたので、「窓辺のわんちゃん」と言われるようになった。

「振り返ると、楽はふーちゃんの性格そのものでした。食べ物の好みも同じだし、いつも穏やかで怖がり、ああ、この子はふーちゃんからのギフトだったんだなとつくづく感じました。ふーちゃんは、この子!と思う子を選び、我が家で暮らすルールをすべて教え、送り出したのでしょう。楽ちゃんがうちに来た日は、2月22日。ちょうど、ふーちゃんが旅立って半年目の月命日でした」

あっという間に15年近くが過ぎ、保護した時に推定2歳といわれた楽ちゃんも、すっかり年老いた。足腰が弱り、歩行器を使って散歩するようになった。歩行器は、楽ちゃんの姿を見て、近所の犬好きの人が手作りしてくれたという。

「快適な乗り心地でお気に入りのようです。それ以外はほぼ寝たきりです。白内障、認知症と、すっかりおばあちゃんになりました。その姿を見ると悲しいけれど、ふーちゃんとの約束を守れた気がします」

楽ちゃんが歩行器で散歩する姿を見て、「わんちゃんもがんばってるんだから、私もがんばらないと!」「今日もがんばれ!」と高齢の人が声をかけてくれる。歩行器で散歩を始めた頃、心無い人々の言葉に傷ついたこともある。「こんなになってまで歩かせなくても!」「もう歩けんのやろ!」「だんだん悪くなるなあ!」とか。しかし、楽ちゃんはそんな声に耳を貸さなかった。ひたすらいつものように散歩を楽しんだ。

「どんな姿になっても、私は私。そう言っている気がしました。そのけなげな姿にどれだけ勇気をもらったことか。これが人間なら、リハビリをしている人に同じことを言えませんよね。犬だって、リハビリが必要なんです。今は胸を張って、心無い声に反論しています。お母さんも強くなったよ!と、楽に話しかけながら」

ふーちゃんは楽ちゃんの体を借りて戻ってきてくれたと信じている北村さん。今は楽ちゃんとの残り少ない日々をふーちゃんの思い出とともに過ごしていいる。楽ちゃんと2匹の猫が家族の心の支えなのだという。

(まいどなニュース特約・渡辺 陽)