子猫のナムちゃん、ムクちゃんは、福岡県に住む西山さんの夫が独身の頃から飼っていた猫、ミオンちゃんの面影がある猫だった。保護主の勤務先の駐車場にいたところ保護されたという。

西山さんは2021年3月に結婚したのだが、夫は結婚前からミオンちゃんという猫を飼っていた。主人の職場の駐車場で生まれて間もない頃にいたところ、夫が「命だけでも繋がなければ」と連れて帰り、里親を探すはずがそのまま飼い猫になった。

夫はミオンちゃんのことを我が子のように可愛がっていて、ミオンちゃんも夫のことを本当のお母さんと思っているようだった。ミオンちゃんは後から家族になった西山さんにはあまり興味を示さなかった。 

新婚生活は順風満帆のはずだったが、二人の入籍日にミオンちゃんがリンパ腫という悪性の癌におかされていることが分かった。そこからミオンちゃんと夫婦の辛い闘病生活が始まった。やがてミオンちゃんの身体は徐々に癌細胞に蝕まれていき、まだ1歳4カ月という若さで夫婦のもとを去ってしまった。

「最期の夜、ミオンちゃんは初めて私に甘えにきました。いつもは来ることがなかった私たちのベッドに乗り込んできて、離れようとしませんでした」

この人には猫が必要

抗がん剤治療でボロボロになったミオンちゃんの最期が壮絶だったこともあり、夫はミオンちゃんを失ってひどくふさぎ込んだ。ほとんど口をきかなくなり、食事もろくに摂ろうとしない夫の姿を見て、西山さんは新たに猫を迎えようと思った。ネットで「保護猫 里親」と検索をして、「ネコジルシ」という譲渡サイトでミオンちゃんにそっくりの子猫を見つけたという。

「私がそのことを伝えると、夫は『ミオンが帰ってくるわけじゃない』と、相手にもしてくれませんでした。それから数日、主人は人が変わったように私に冷たくなってしまいました。新婚旅行も延期になったまま、『このままでは私たちの関係も壊れてしまうかもしれない』と不安になりました」 

その後、西山さんは、近所のスーパーへ買い物にいった帰り道、散歩に出ていた夫を家の近くで見かけた。夫は近所に住み着いている黒猫を道路にしゃがみ込んで撫でていた。夫の優しい顔を見るのは、ミオンちゃんが亡くなる前の晩以来のことだった。

「やっぱりこの人には猫が必要なんだ」、そう思った西山さんはすぐにブックマークしていたネコジルシのサイトを開いて、例の保護猫の保護主にメッセージを送った。「もしかすると引取りはできないかもしれません。それでも一度だけ猫ちゃんに会わせてもらえませんか?」と言うと、保護主は「もちろん構いません。よかったら数日だけトライアルをしてみませんか?」と快諾してくれた。

ナムとムク

おそらく生後1カ月くらいだという兄弟猫は、おそるおそるカーペットに前足を踏み出すとすぐに警戒心を解いて無邪気にじゃれあい始めた。

「私の職場の駐車場にいたのですが親猫がずっと現れず、このままでは2匹とも死んでしまうと思って保護しました」という保護主の話を夫は、うんうんとうなずいて聞くと、必要最低限の挨拶だけ済ませて部屋に戻ってしまった。西山さんは、保護主に引き取れないかもしれないと改めて伝え、数日だけ様子をみて再度連絡することにした。夫には、「私が飼うんやけ、いいやろ?」と言って、強引に兄弟猫を招き入れた。

数時間後、身体の少し大きいお兄ちゃん猫がピーピーと鳴き始めた。猫のお世話をほとんどしたことがない西山さんは、何がなんだか分からず、あわてて保護主に連絡しようとした。すると夫が部屋から出てきて、何も言わずミオンちゃんのキャットフードを取り出して、お湯でふやかし与えてくれた。2匹は喜んでそれ食べた。その後数日間、西山さんはネットで飼育方法を調べ、なんとか2匹の世話をした。夫は2匹を見ては、「ミオンは小さい頃…」と思い出話をして、寂しそうな表情をした。 

トライアル最終日の夜、「この子たちどうすると?」と、西山さんは夫に聞いた。夫は、「ミオンが帰ってきたわけじゃないけんね」と、兄弟猫を抱き上げ寂しそうに答えた。西山さんは、「やっぱり里親になるのはやめよっか。ごめんね、ミオンのこと思い出させるようなことしてしまって」と言い、自分の行為が夫をかえって苦しませていたのだと後悔した。 

しかし、夫は「けど、この子たちもミオンと同じで居場所がないんよ。ナムとムクにしよう。お兄ちゃんがナム・弟ちゃんがムク。いい?」と言った。西山さんが驚いて、「いいと?2匹とも?」と尋ねると、「兄弟を引き離したらかわいそうやけんね」と、夫は優しい眼差しで西山さんに言った。

「やっと何かが終わった気がしました。そして、新しくこの子たちとの生活が始まるのだと感じました」

苦しみがありませんように

夫は明るさを取り戻し、ミオンちゃんが遺したおもちゃを追いかけて元気に走り回るナムちゃん、ムクちゃんの姿を見て、「ミオンもあと数年、数カ月でも元気な身体でおらせてやりたかったね」ともらした。その表情からは、心の整理がついて前を向いていることが見て取れた。

「お兄ちゃんなだけあって弟を心配する様子を見せることがあるしっかり者のナム。マイペースでドジっ子、甘えん坊なムク。それぞれがミオンの性格の一部のようで、ミオンがこの子たちの中にいるんじゃ無いかと思えることすらあります」 

今回の取材を機に西山さんが「ナム・ムクっちどういう意味?」と尋ねたところ、夫は「この子たちが苦しむことがありませんように、ち意味よ」と言った。ナムは南無阿弥陀の南無で、仏様にお願いしますと祈ること、ムクは無苦で苦しみが無い、合わせて「苦しみがありませんように」という願いなんだという。

「私たち夫婦は、先代猫ミオンの分までナム・ムク兄弟はいつまでも元気に生きてくれるのだと信じています」

(まいどなニュース特約・渡辺 陽)