「和歌山ラーメン」の名店「井出商店」(和歌山市)の味わいを再現した通販セットが人気だ。2代目店主の井出紀生さん(78)によると、今秋にSNSでの発信が増え、日本テレビ系列「秘密のケンミンSHOW極」で取り上げられたことで、ちょっとした再ブームに。店舗で提供している濃厚豚骨醤油スープはもちろん、トッピングもそのままだ。このほど紀州路を訪れる機会があり、お店と自宅で食べ比べてみた。

 JR和歌山駅から歩いて10分ほど。日がどっぷりとくれた幹線道路を歩くと、それらしきラーメン店の明かりとともに濃厚な豚骨スープのにおいが漂ってきた。急ぎ足になるのも当然か。

 おそらく県外から来たのだろう。キャリーを手にしたカップルと入れ違うように引き戸を開けて店内へ。中に入ると中央に大きめのテーブル、両サイドの壁側にカウンターがあり、20人も入れば満杯になりそうな感じだ。壁にはテレビ番組やコンサートの帰りに立ち寄った歌手や有名人、文化人のサインや写真が飾られてあった。

 この日のお客さんは10人ほど。たまたま私が座ったのは入って右側の奥、テレビ番組のロケで訪れた具志堅用高さんらを店のスタッフが囲んだ記念写真の下あたり。隣では地元の人らしき女性が「早寿司」をほおばっているところだった。

 余談ながら、この早寿司は小ぶりな鯖寿司のことで、和歌山ではお客さんはラーメンを待つ間にこれを食べることが多いとのこと。早寿司は紀州名物「なれすし」の発酵が進んでいない「早なれ」のことをさし、店のメニューにもきっちり載っていた。

 しかし、私はそこをグッと我慢。ラーメンだけをいただくことにした。待つこと5分ほど。コクのありそうな濃厚豚骨醤油ラーメンが運ばれてきた。麺はストレートで具はチャーシュー、メンマに青ネギ。なるとではなく、渦巻き模様のかまぼこが乗っかっている。豚骨醤油スープをすすると、濃厚なのにしつこさがなく、まろやか。スープにほどよく絡む細麺とあって、あっという間にたいらげてしまい、「大」にすれば良かったかなと少し後悔するほどだった。

 そんな井出商店の創業は1953(昭和28)年というから、かれこれ70年近い。2代目の紀生さんはアポなし取材だったにもかかわらず、畳の間の事務室に招いてくれ、店の歴史を語ってくれた。それによると、もともとは先代の母・つや子さんが屋台から始めたそうで「父親が7つの時に亡くなって。母は昼間は文具を売ったりしながら夕方から屋台を出し、夜中の1時ごろまで働いていました。女手ひとつで私たち子ども3人を育ててくれたんです。姉たちも手伝い、自分も時々、屋台を押したりしていました。いまあるのは母のおかげですよ」

 現在の場所に店を構えたのは和歌山国体があった1971年。幹線道路はそのとき、整備されたようで呉服店を借り、ラーメン店に改装した。そのころ、それまで職を転々としていた紀生さんも、この道で生きていくことを決意。「もう少し店の規模を広げられないか」と考え、スープの改良に着手する。屋台として創業した当初は澄んだスープの醤油ラーメンだったそうだが、研究に研究を重ね、試行錯誤の末にスープの濃度と粘度を上げることに成功し、いまの形になった。

 「たまたま時間を掛けて煮込んでいると濁って、コクが出て来たんですよ。豚骨の髄のゼラチン質が溶け出したんでしょう。しかし、炊き詰めると臭いが強烈になってくるので、そのあたりの塩梅がポイント。使っているのは豚骨とかしわを少し。これでとろみが出る。背脂を使っていないので、見た目よりそこまでこってりしていないのも特徴でしょうか。一生懸命だけが取り柄。しかし、運が良かっただけでたまたまです」

 たまたま、と2代目は強調したが、果たしてそうだろうか。そんな井出商店のラーメンが全国区になったのがテレビ番組での評判だ。1998年にラーメン番組で取り上げられ、テレビチャンピオンに輝くなど数多くのメディアに露出。全国ご当地ラーメンのひとつとして、横浜にできた「新横浜ラーメン博物館」に出店すると、1日890杯という当時の記録を達成し、ラーメンブームの火付け役ともなった。さらに「井出系」の名前は広まり、その結果、和歌山市からも表彰された。

 多い日は行列ができ、お客さんが道にまであふれかえるときもあったそうだが、ここ1年半ほどは、さすがにコロナ禍で深刻なダメージを受けたそう。しかし、この10月に日本テレビ系「秘密のケンミンSHOW極」で取り上げられ、ちょっとした再ブームに。井出商店の家族総出のスタッフが登場し、手際よくラーメンを提供するユーチューブの再生回数が140万回に達するなど注目度もアップした。

コロナ禍で売り上げを支えたのが、全国配送の通販セット

 客足も戻りつつあるなか、売り上げを支えているのが全国に配送できる通販セットだ。これは中華そば4食セット(3000円)、6食セット(4500円)、8食セット(6000円)からなり、トッピングを含め、お店の味を忠実に再現したものだという。

 「スープを店舗で13時間炊き出してつくっており、時間が掛かります」と話すが、これも、おいしい味を提供しようとする姿勢の表れ。後日、袋から取り出し、「つくり方」に従って自分でつくってみたが、とても簡単。ただし、豚骨のゼラチン質が溶け出して乳化しており、しっかりと熱を通すことだけは忘れないでほしい。

 「こないだは歌手の純烈さんがコンサート帰りに寄ってくださいました。みなさんのお陰で通常の6、7割まで回復してきました」と井出さん。そういえば、取材している間にも発注の連絡がひっきりなしだった。

和歌山中華そば専門店「有限会社 井出商店」
和歌山県和歌山市田中町4−84
電話・FAX=073(424)1689
営業時間は11時30分〜23時30分、木曜日定休

(まいどなニュース特約・山本 智行)