出産時にへその緒が切れたことから、西村帆花ちゃんは心肺停止の状態で生まれた。2022年1月2日公開の『帆花』は、帆花ちゃんの3歳から6歳までの時間と家族の姿を静かに切り取ったドキュメンタリー映画だ。

撮影は2011年からスタートし、2014年に終了している。それなのに完成まで約10年の月日を要した。その時間は、本作で監督デビューした國友勇吾監督の試行錯誤と格闘に必要なものだった。異例ともいえる長期間をかけて完成させた本作に何を託したのか。話を聞いた。

帆花ちゃんは、生後すぐに医師から「脳死に近い状態」と宣告された。人工呼吸器を装着し、自宅で寝たきりの生活を送っている。カメラは両親やヘルパーによる24時間体制での介護の厳しい現実や家族の団らん、帆花ちゃんの息遣いを丹念に捉えていく。声高に主張されるテーマも仰々しい問題提起もない。あるのは家族が丁寧に積み重ねていく日常の時間と、帆花ちゃんの確かな存在だけだ。

國友監督は「家族のありのままの生活を見つめることで浮き上がってくる温かさ、大変さ、喜びを感じてもらい、帆花ちゃんの息遣いを通して“いのち”を見つめてほしい。この映画は何かを語るのではなく、余白の多い“問いの映画”です。観た方が帆花ちゃんを通して、その背景にある社会の在り方に思いを馳せてもらえたら嬉しい」と願いを込める。

ただ見つめる。そのスタンスに導いてくれたのは、他でもない帆花ちゃんだった。「撮影中に帆花ちゃんと二人きりになったとき、帆花ちゃんの存在が僕の心の中にズドンと入って来たような気がしました。二人きりの空間になったことで帆花ちゃんの存在の重さをストレートに感じられたというか、それは『彼女は確かにそこにいるんだ!』という当たり前のことを確信して実感する瞬間でもありました」。

帆花ちゃんがはっきりとした言葉を発することはない。にもかかわらず、傍にいる時間が長くなればなるほど、帆花ちゃんとの心の会話が生じるような不思議な感覚も味わったという。「ふとカメラを向けたときに『何を撮っているの?あなたは私のことをどう見ているの?』と帆花ちゃんから問いかけられているような気がして…。神聖視するわけではありませんが、お月様を仰ぎ見た時に逆に見つめ返されているような感覚に似ていました」。

國友監督は20代前半の頃に母親を亡くしている。母は特別支援学校の教員だった。亡き後に見つけたのは、重度障害児である生徒と一緒にいる母の姿を捉えた動画。生徒は寝たきりで反応もないように見えた。國友監督は直感的に“可哀想だ”と思った。しかし傍らにいる母親は笑顔で生徒に接している。なぜ母はあのような笑顔を浮かべることができたのだろうか?今回の撮影を通して、その理由を知りたいとも思った。

「2011年から2014年まで、誕生日や家族の集まり、結婚記念日などご家族の節目にお邪魔して撮影をさせてもらいました。宿泊させていただいたり、帆花ちゃんのお父さんである秀勝さんと銭湯に行ったり。ご家族としては『この人いつまでいるの!?』と迷惑だったかもしれませんが、帆花ちゃんのお母さんである理佐さんの姿に自分の母親の面影を重ねたところもあったと思います」。

劇中で理佐さんは「今逝ったらダメだよ!」と帆花ちゃんに呼びかける夢を度々見ることがあると打ち明けながら「生きている間に家族楽しく過ごすのと同じくらい、帆花の最期も大事。いっぱい感謝しなきゃ」と強い結びつきと親としての覚悟を口にする。

構成しては変え、編集してはやり直し。装飾するのではなく、ありのままに。家族と共有した空間の中で目にしたもの、感じたものを再構築して再現することに苦心した結果、10年もの時間がかかってしまった。

「帆花ちゃんはとても温かく、ときに頬を紅潮させたりします。体調を悪くしたり、戻ったり、その生きる力に実際に触れているからこそ、ご家族は帆花ちゃんのいのちを確かに感じ取れているのだと思います。帆花ちゃんに触れることは、帆花ちゃん本人やその家族の想いに触れることであり、いのちに触れることでもあります。まずは知って寄り添うこと。そこから考え始める。試行錯誤の10年ではありましたが、導き出されたのはとてもシンプルな答えでした」。

印象的な場面がある。帆花ちゃんの父・秀勝さんの姉の結婚式でのこと。親族紹介の席で姉は涙ながらにこう話す。「弟の家の近くには高速道路があってザワザワしている感じだけれど、帆ちゃんの部屋に入るととても温かいことを実感する」。そのほのかな温かみと静けさが上映時間72分の中に凝縮されている。

帆花ちゃんは現在14歳。國友監督曰く「体もとても大きくなって、身体的にも精神的にも成長しているような気がします」と元気な姿を報告してくれた。劇場公開に先駆けた12月18日(土)には、オンラインで先行特別上映イベントを実施する。イベント詳細は映画公式サイトを参照してほしい。

(まいどなニュース特約・石井 隼人)