「太る」という言葉に対する感覚の違いがSNS上で大きな注目を集めている。きっかけになったのはかきさん(@kaki___oO)の

「久しぶりに会ったベトナム人の子に『めっちゃ太ったね!すごく可愛くなった!』って言われたの。これね、うまく言えないけど日本もこういう国になれば良いのにって思った。」という投稿。

たしかに痩せていることが美の条件だと絶対視する日本人の感覚は先進諸国の中でも珍しいようだ。アフリカや南洋諸島ではより太っていることが美の証明であるという国もあるという。かきさんの投稿に対し、SNSユーザー達からは

「随分昔に祖母に太ったなぁって言われて内心えっ!?って思って、よくよく聞いてみると身長が伸びて大きくなったなぁって意味だった 方言かどうなのかわからないけどポジティブな意味で使っていたのは間違いない」
「『痩せたら可愛いのに』と、太っている時期が多い私は何回言われたか....『早く痩せて彼氏作んなよ!』とか、本人あまり悪気なさそうだけど今の私をすごく否定してるって気付かないかな?と思います」
「かきさんの言いたいこと、よく分かります。私は拒食症を経験しているので日本もこのような国になって欲しいと思います。何も知らないで一瞬だけ見て叩く人の意味がわかりません。考え直して欲しいです…あと、あのような考えができるお友達の方、本当に素敵な方ですね!」
「ベトナムには素敵な言葉があります 『béo xinh(ベオシン)』ぽっちゃりしてて可愛いという意味です」
など数々の共感の声が寄せられている。

投稿者に聞いた

かきさんにお話をうかがってみた。

ーーこの言葉をお聞きになった際のご感想をあらためてお聞かせください。

かき:素直に嬉しかったです。私は過去に診断はされていないものの摂食障害といわれる精神の病気に近いものになりました。そのうちの一つの拒食症で、ダイエットをきっかけに食べることが悪と感じるようになり、身長160cmで体重が35Kgまで落ちました。体重が増えることがすごく悪いことだと感じていたため、太ることがすごく怖かったです。少しでも食べたらいつもより多く運動したり、次の日断食をしていました。

この病気を克服してきてから容姿を褒められることが多くなりましたが、その大きな理由は太ったことだと考えています。ですが、おそらく日本人はそれに気が付いても太って可愛くなったとは言いません。「太った」という言葉が悪口だと感じる方が多いのだと思います。私のように精神的に太ることが怖い方や体質的に太れなくて悩んでいる方もいる中で、太るという言葉は果たして必ずしも悪口になるのかと考えるようになりました。

ーー「太ってる=可愛い」というベトナムの感覚についてご感想をお聞かせください。

かき:たまたま今回話した友人がベトナム人だっただけで、他の国でも言えることだと思うのですが、日本人は「痩せる=正義」だと思いすぎる節があると考えています。ハワイに留学していた際も、ホームステイ先のホストファミリーが日本人は痩せすぎだと言っていました。

SNSでの引用リツイートでも「太ってると言ってもグラマラスでしょう?」という国があったり、発展途上国では痩せている人が貧乏、太ってる人が裕福であるという認識があることもあり、太っているということが必ずしも悪口ではないと感じます。話した友人は、正直まだ日本語が完璧ではありません。健康的になった私の体をどうにか誉めようとして引き出した言葉が「太った」という言葉だっただけなのかもしれません。ですが私は太るという言葉がネガティブな意味だけではないと気付かされました。

ーーこれまでのSNSの反響へのご感想をお聞かせください。

かき:正直、伝えたいことが伝わっていない人が多かったですし、今回の拡散のされ方事態が「太るという言葉がネガティブだ」という日本人の認識を物語っているように感じました。

そして、引用リツイートにひとつ悪口がついた途端、悪口が続いたことも人間の集団心理を感じました。そもそも私の伝えたいことが理解できる人はだいたいコメントせずいいねを押してくださるだけだと考えます。いいねの数と悪口の数を照らし合わせてもいいねの方が多いので、必死に反論している方々が馬鹿みたいだと思いながら見ていました。リプやDMでも「かきさんの言いたいことは伝わっている、気にしなくて良い」との温かいメッセージもいただいていて、伝わる方には伝わるのになぁと感じました。全員の共感を得られることは難しいですが、見ず知らずのSNS上の人を傷つけるような人間にはなりたくないと改めて感じました。

◇ ◇

結局のところ美の基準は人それぞれ。多少の体重の多寡を気に病まなくて済むような、寛容でプレッシャーの少ない社会になってくれることを願うばかりだ。

(まいどなニュース特約・中将 タカノリ)