Aさんは音楽家であり、猫大好きマダムです。保護猫をたくさん飼っておられます。しかし、全国で、海外での演奏があるため、お家をお留守にしがちです。そのため、猫たちのためにちゃんと専属のキャットシッターさんがおられます。

Aさんは先日、あの流行り病にかかってしまい、39度5分の高熱を出して寝込んでいました。すると、ある生徒さんから1本の電話が…

「先生!家の前にちっさい猫がうずくまっています。」

「はぁ…」

正直、Aさんはしゃべるのもしんどい状況で、でも電話の相手にはそんなことはわかりません。

「先生!全然動きません。どうしましょうー。」

「…じゃあうちに連れてきてください。」

Aさんは半ば朦朧とした状態でしたが、そう言って電話を切ったそうです。

早速連れて来られた白キジ君、ガリガリに痩せていて、あちこち泥だらけで汚れていました。とにかく、でも、Aさんのお宅には猫がたくさん居るので、新入りはまずノミマダニの駆除と猫エイズ・猫白血病にかかっていないかどうかの検査(面接試験)を受けないと、Aさんの家族にはなれません。

専属キャットシッターさんが、すぐに小太郎君を病院へ連れて来られました。体重は750グラムで推定2カ月齢ですが、非常に成長不良でした。あばらは浮き出ており、、、ん?あばら骨が2〜3本、へっこんでいました。呼吸も苦しそうでした。猫エイズと猫白血病にかかっていないかどうかの検査の他に、レントゲン検査の許可をいただきとってみると…。

なんと、横隔膜ヘルニアでした。横隔膜とは胸にある臓器とお腹にある臓器を分ける重要な仕切りです。胸にある臓器は心臓と肺ですが、肺は風船のように膨らませないといけないので、お腹側にある胃や腸や肝臓との間に仕切りがなければ、これらの臓器に押されてうまく膨らむことが出来なくなります。肺が膨らまなければ、当然、呼吸ができません。超音波エコーで確認すると、その時は胸側に入り込んでしまっている臓器は肝臓のみでした。キャットシッターさんに、伝言を頼みました。「このまま手術せずに置いておけば命にかかわるので、手術することを考えてください」

のちにAさんにうかがうと、Aさんのお宅に来た当初から、小太郎君は呼吸が苦しそうで、鼻の穴を歌手の北島三郎さんのように真ん丸にして大きく膨らませて肩で呼吸をしており、それも含めて診察をお願いしたかったとのことでした。

その後、Aさんは寝込み続け、小太郎君は食べるのだけれども呼吸が苦しくて、次第に弱っていきました。とても食べたいけれども食べられない、深く息したいけれども息ができない大ピンチの状況になりました。

診察から2週間後、Aさんはまだ寝込んでいましたが、小太郎君はついに食欲がゼロになり、体重840グラムというちっささでしたが、大手術に臨みました。

推測ですが、小太郎君は不幸にも交通事故に遭い、胸を強打して肋骨が折れ、横隔膜が破れてしまったようです。最初にレントゲンを撮ったときは、肝臓だけが胸部に入り込んでいましたが、それから2週間でどんどんお腹側の臓器が胸の方に入り込んでいきました。結局、手術したときには、お腹の中には腎臓と直腸しか残っておらず、それ以外は全部胸の中に入ってしまっていました。

手術は、本来お腹側にある臓器を元の位置に戻して、胸とお腹の間の仕切りを再建することになります。これを文章に書くと簡単そうに思われますが、ひとたび縮こまった肺をきれいに膨らますのは大変な困難が伴います。

というのも、長時間クシャクシャに縮んでいた肺の中には炎症のため液体が溜まっており(風邪をひいたとき鼻水や痰が溜まるような感じです)、まずはその液体を「呼吸させながら」鼻のほうに持って行って排出させなくてはなりません。840グラムの小さい体に、短時間でも酸素が吸えなくなるのは非常にこたえることは容易に想像できました。手術中に、心臓が2回止まってしまいました。しかし、幼い小太郎君は頑張り、手術を乗り越えました。

あれから1カ月、小太郎君はすっかり元気になり、体重も2キロを越えました。小太郎君がAさんの家族になる少し前に、Aさんの家の前に1週間居座り続け、Aさんが根負けして家の中にいれた「サクタロ―君」と、取っ組み合いの喧嘩に嵩じる毎日です。順調に大きくなっています。

大変な手術を頑張って元気になった小太郎君もエライですが、飼い主さんの深い猫愛にも感動です。ホントに良かった!

それにしても、横隔膜って大事ですね。ちなみに、牛肉のハラミは横隔膜のことです。

(獣医師・小宮 みぎわ)