ロシアによるウクライナ侵攻から4カ月となり、欧米と日本との関係は冷戦後最悪までに悪化している。しかもその長期化は避けられない状況で、欧米主導による対ロシア制裁、またロシアによる対抗措置が緩和されることもないだろう。そして、これまで対ロシアで立場を明確にせず、ロシア非難や制裁を避けてきた中国は最近になってロシアを支持する姿勢を明らかにした。ロシアによるウクライナ侵攻は、米国や中国、欧州や日本など大国間関係を大きく変化させ、米中の戦略的競争にも大きな影響を与えようとしている。

しかし、それが与える影響は既に大国間関係の範囲を超え、中小国や途上国など世界各地に混乱をもたらしている。たとえば、南米ペルーでは4月、ロシアが侵攻したことで生活必需品の石油や小麦の値段が一気に上がり、これに不満を爆発させた市民たちによる抗議デモが全土に広がった。一部の市民は治安部隊と衝突するだけでなく、高速道路の料金所へ火を放ったり商店で略奪行為を行ったりしたことから、外出禁止令が発令され、学校が休校となり、公共交通機関は麻痺するなど混乱が広がった。

また、インド洋に浮かび経済危機に陥っていたスリランカでは、ロシアによるウクライナ侵攻がさらなる追い打ちをかける事態になっている。3月末、首都コロンボ近郊にある大統領私邸の外で数百人のデモ隊と警察・軍が衝突して53人が逮捕され、ラジャパクサ大統領はその翌日、各地で発生するデモを抑えるため首都とその周辺に外出禁止令を出した。スリランカ国内でも物価高騰、生活必需品の不足、計画停電などが生じ、市民の不満や怒りが高まっている。今日でも混乱が収まる気配は見えない。

一方、経済的には豊かな国でも同様の現象が生じている。ベルギーの首都ブリュッセルでは6月20日、物価高対策を求める市民7万人規模の抗議デモが行われ、一部ではストライキも行われ電車やバスなど公共交通機関の運行に大きな影響が出た。デモ参加者の中には空港の保安検査員も多く含まれ、ブリュッセル空港では一部のフライトが欠航し、乗客にも大きな影響が出ている。ロシアによるウクライナ侵攻の影響で、ベルギーではインフレ率が9%に達している。

また、英国でも同様に市民による抗議デモが大規模ストライキという形で社会に混乱を与えている。英国では賃上げを求める鉄道職員らによる4万〜5万人規模の一斉ストライキが発生し、ロンドン中心部を走る地下鉄などがストップした。鉄道職員らは7%ベースで賃上げを要求しているが、会社はそれに応じる姿勢を示しておらず、今後もストライキが発生する恐れが懸念されている。これほどの一斉ストライキが実施されるのは英国で30年ぶりだという。

国連のグテーレス国連事務総長は5月、ロシアによるウクライナ侵攻によって今後数カ月のうちに世界的な食糧危機が深刻化すると強い警戒感を示した。当然ながら、物価急騰など世界経済の混乱はウクライナ侵攻以前からの問題であり、それだけが原因ではない。しかし、ロシアもウクライナも世界有数の小麦輸出国であり、その混乱が途上国を中心に各国の経済を不安定化させ、大きな拍車をかけていることは間違いない。ウクライナ侵攻当初、プーチン大統領はウクライナのNATO接近は我慢できない、NATOのこれ以上の東方拡大は許さないと考えていたはずだが、ここまで経済的混乱が各国に広がることを想定していただろうか。今日、各国市民の怒りはそれぞれの政府に向いているようだが、プーチン大統領へ矛先を向けている市民も少なくないはずだ。

◆治安太郎(ちあん・たろう) 国際情勢専門家。各国の政治や経済、社会事情に詳しい。各国の防衛、治安当局者と強いパイプを持ち、日々情報交換や情報共有を行い、対外発信として執筆活動を行う。