原爆ドーム「特別史跡」格上げ 老朽化する被爆建物、それでも後世へ
毎日新聞6/20(金)17:01

原爆慰霊碑(手前)と原爆ドーム(奥中央)=広島市中区で2024年10月12日午後0時49分、北村隆夫撮影
核兵器の惨禍を伝える象徴である原爆ドームの「特別史跡」への格上げは、被爆80年を迎える今、「物言わぬ証人」である被爆建物を後世に残していく意義を改めて問うている。
人類の「負の遺産」として世界文化遺産に登録された原爆ドームは、からくも崩落を免れた状態のまま保存・維持するという難しい課題がある。劣化部分や無数の亀裂などを特殊な工法で繰り返し補修してきた。戦後の早い時期には広島市民の中にも「あの日を思い出したくない」と解体を求める声があったが、被爆体験の風化への懸念から1966年に広島市議会が保存を決定し、全国に呼びかけた募金によって最初の保存工事が実施された。
被爆者の高齢化が進み、当事者の証言による体験の継承が難しくなる時代に、老朽化していく被爆建物の保存は急務の課題だ。長崎市の旧城山国民学校校舎など被爆による損傷の痕跡が残る5カ所が2016年に国史跡「長崎原爆遺跡」に指定され、広島市でも24年に旧日本銀行広島支店など6カ所が国史跡「広島原爆遺跡」になった。最大規模の被爆建物「旧広島陸軍被服支廠(ししょう)倉庫」の4棟は、国内最古の鉄筋コンクリート建造物としての価値もあり、24年に国重要文化財に指定された。
とはいえ、全ての被爆建物が公的に保護されているわけではない。広島、長崎両市はそれぞれ、被爆建物を登録し、補修費用を補助する制度を設けている。広島市ではこれまでに登録された105件のうち19件が抹消された。維持管理費の負担など所有者側の事情で取り壊された。【宇城昇】











