離婚の話し合いで味方になってくれなかった母。わだかまりが消えません...

<この体験記を書いた人>
ペンネーム:まくまく
性別:女
年齢:47
プロフィール:私の息子2人を連れ、現在の夫と暮らし始めて8年目になります。
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私は10代の後半頃から、母に対して強い不信感を感じながら成長しました。若干21歳で結婚をした理由のひとつに、実家から早く出たいという不純な動機も含まれていました。しかし、私の子どもが幼い頃は母にはお世話になりましたし、感謝はしています。けれども、事あるごとに湧き上がる不信感はいつまで経っても消えることはなく、フツフツと溜まり続けています。

現在では離婚も珍しいことではなくなりましたが、私が離婚をした約10年前は大体反対されるのが一般的だったと思います。長年離婚したい気持ちを溜めていた私が、いよいよ母や姉に離婚をしたいと報告したとき、想像通り母は烈火のごとく猛反対してきたのです。
私がどんな経緯で離婚という選択をしたのか話を聞くこともなく「子どものために離婚するな」、「我慢が足りない」、「お金の不安だってあるでしょう」と、書き出したらキリがないくらい母は母の価値観を私に向けてきました。
「いつも勝手に自分で決めて相談もなしに」とも。何故そこで「どうして相談もしないで物事を決めたのだろう」と思わないのでしょうか。一切の共感もなく、私を無視し、アドバイスにもならないことを言われるのがわかっているのに、何を話したらいいのでしょうか。

最終的に離婚するかしないかの話し合いをすることになり、当時の夫と義両親と母と話し合うことになりました。そこでは4人が離婚に反対をし、私一人が離婚したいと主張。双方の意見は平行線でした。
私は、話も進まず味方も得られず、ただ説得されることに納得がいきませんでした。「子どもが20歳になるまでは夫婦でいてほしい」とか、夫は「義両親のいる実家で生活するから」など様々な条件を打診されましたが、母は相手方都合の主張を受け入れるばかり。私のメンタルがどうなるか想像できないのでしょうか。
思春期を迎える息子たちの1〜2年は、大人の時間軸とは違うほどのはやさで流れます。ただでさえ大人の都合で息子たちには申し訳ないと思っているのに、曖昧な家族関係を維持することで心に問題を抱えてしまうのは絶対避けたく、私は離婚を譲りたくありませんでした。しかし世間体を気にしたり、私が我慢すれば済むなどと言われるだけで、交渉は決裂となりました。
その後、私は離婚の調停を申し立てし、無事に成立しました。申し立てしたときも勝手に話を進めるなと母には言われましたが、離婚を反対されてるのに、調停にもちこむことを相談するわけないでしょうに。その頃までには自分にも耐性がついてきたので、いちいち感情的に取り合いませんでした。

そののち再婚するときにも、もちろん反対されました。
「もう再婚するのか、まだ早いではないか」などこれまた言い出したら止まりません。どんなことも事後報告する私のことが憎いくらいだったのでしょう。以降、しばらく母とは距離を置くことになりました。ふと自分の家族にも祝福されない結婚なんだなとわだかまりも感じましたが、承知の上です。けれど時間がたち母も落ち着いたのでしょう。現在の夫のほうが以前の夫より良いねと言い出しました。
そんなことを言われて私がどう思うかなど考えない母に対して、不信感がつのるばかりです。母も高齢になり、たまには生存確認の電話くらいしなければいけないのでしょうが、その電話すらかけることが未だにできずにいます。


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