<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ぴっぴ
性別:女
年齢:43
プロフィール:小学生の子供が二人いるパート主婦です。
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今から14年ほど前、新婚当時住んでいたマンションの大家さんの話です。
そのマンションはとある一族会社の持ちビルの一室で、4室あるうちの3室は会社の一族の方が住み、残り1室を賃貸として貸し出していました。
結婚することになり、新居を探していた私たち(当時私29歳、夫31歳)。
「家賃も今時手渡しだし、電気代もビルで一括で払っているから、大家さんから部屋の電気代を計算した請求書をもらって、その金額を大家さんに直接渡すんですよ。若い人は面倒だといって嫌がるんですよね...」
不動産屋さんからそう言われつつも、相場よりやや安めの賃料に魅かれ、そこに住むことにしました。
そして入居日、午前中に搬入をしていると、さっそく大家さんがいらっしゃいました。
70代くらいの女性で、会社が施工会社だったためか作業着を着こなし、やや低めな声が印象的です。
「このビルは、ほとんど親族が使っていまして。子どもがいる家もあるから、うるさいかもしれません。ご容赦ください」
ハスキーボイスの静かな口調でわびた後、「私は部長と呼ばれています」と話してくれました。
私たちも部長とお呼びした方がいいのだろうか...。
そんなことを思いつつも、それもさすがに変だと思い、本人には「大家さん」と話しかけつつも、夫との会話の中では「部長」と呼ぶようになりました。
それから毎月一度、家賃と電気代を部長さんに渡しにいくようになりました。
電気代も手渡しなので、1円玉が足りないからお金を崩さないといけないなど多少手間なことがありましたが、そのうち慣れました。
勤めていた会社の始業時間が遅めだったため、私が家賃を渡す役目になり、出社時に1階の部長さんいる会社に寄って手渡ししていました。
私は人見知りなため初めは緊張していましたが、渡す時もそんなに親しく話すわけではないため、それほど億劫に感じなくなりました。
程よい距離を保った、理想的な大家・住人の関係だと思います。
そんな日々を過ごし、引っ越して1年ほどたったクリスマスイブの夜のことです。
私たち夫婦は外食ではなく、家でいつもより豪華なご馳走を食べていました。
夜8時、突然玄関のチャイムがなりました。
なんだろうと思ってでると、まさかの部長さん。
しかも、手にはホールケーキが入っているであろう箱を持っています。
「クリスマスですから...」といって差し出されたホールケーキ。
夫婦で「えぇー! ありがとうございます!」と驚きながらも感謝して受け取りました。
もし私たちが出かけていて不在だったら、このケーキはどうなっていたのだろう...なんて考えつつ、さっそくケーキをいただくことにしました。
ケースには賞味期限のシールなどもなく、どこのお店のものかも謎でした。
ですが、食べてみるとなんとも美味しいのです! 
美味しい美味しいと食べつつ、さらに自分たちで用意したホールケーキもあったので、2つのケーキを食べるという豪華な夜でした。
予想外のプレゼントってとてもうれしいものなんだと感じました。
それから毎年、クリスマスイブは部長さんがくるかもしれないと思い、家でお祝いするようになりました。
そして、毎年部長さんは、サンタクロースのように必ずケーキを届けてくださいました。
こちらもお返しをしたりしましたが、部長さんがいらっしゃるのはクリスマスイブのみ。
普段の行き来はないので、つかず離れずでいい関係だなとしみじみ思っていました。
その家は5年住んで引っ越してしまったのですが、最近、なじみの不動産屋さんから、部長が病気で亡くなったことを聞きました。
ショックを受けながら、あのケーキがまた食べたいなと、大家さんの笑顔とともに思い出しました。