IT技術の発達とともに私たちの仕事や生活はとても便利なものになっていきました。さらに近年ではAI技術によって、ITの発展はいっそう加速しつつあります。

一方で、デジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性も叫ばれています。DXはこれからのビジネスモデルや社会システムの在り方を構築していく上で必須の要素であり、IT技術の発達とは別の枠組みで捉える必要があるものです。

しかし、日本のDXは世界と比較してかなり遅れをとっており、このままだと大変な経済的損失がもたらされると指摘されています。

日本のDXがなぜ遅れているのか。そして、DXがもたらす社会とはどういうものなのか。一度考え直しておく必要がありそうです。

日本のDXは世界で27位。昨年から4ランクダウン

スイスの名門ビジネススクールであるIMD(International Institute for Management Development)では、世界63カ国を対象に、ビジネスや政府などでどの程度デジタル化が進んでいるかを調査しています。IMDが発表した「世界デジタル競争力ランキング2020」の結果は、1位アメリカ、2位シンガポール、3位デンマークであり、日本はずっと下のランクの27位でした。2019年に日本は23位でしたが、エストニア、アイスランド、フランス、ベルギー、マレーシアに抜かれ、4ランクダウンしました。

IMDの調査は世界のDXの実態と必ずしもイコールとはいえないかもしれませんが、大きな指標の一つです。

実際、日本におけるDXは世界と比較してかなり遅れていることが指摘されており、国内企業だけではなく、政府を挙げて取り組むべき喫緊の課題として、昨今のメディアなどで取り上げられています。

IT化とDXの違いについて

日本のDX事情に触れる前に、そもそもDXとは何かについておさらいしておきましょう。

DXとはDigital Transformation(変容、変革)の略語です。“DT”と省略されないのは、英語圏ではしばしば“trans”の代わりに“X”が省略形として使われるからです。

DXと混同されがちなのがIT化です。DXとIT化はイコールではありません。IT化はDXの一部に含まれる考え方であり、手段と目的の関係にあるといえます。経済産業省は「DX推進ガイドライン」の中でDXを次のように定義しています。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」

データとデジタル技術(IoT)は、組織や企業を変革するために活用する手段であるということです。これがDXの考え方です。

企業内におけるIT化というと、業務プロセスの効率化を目的としたシステムの導入といったケースが多いと思われますが、これはTransformation(変革)というよりは改善であり、既存の業務の在り方そのものが大きく変わるわけではありません。

DXとはそうした業務改善にはとどまらず、ITの活用によってビジネスモデルや社会のシステムそのものに変革をもたらすことを意味します。

しかし、IT化(デジタル情報技術の普及)とDXの違いはなかなかイメージしにくいものです。

日本のDXが遅れていると指摘されるのには、まさにここにポイントがあるものと考えられます。

そこで、DXがどのようなものかを理解するために、コロナ禍における台湾の取り組みを参考にしてみましょう。

マスク不足の混乱を防いだ台湾のDX施策

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって全世界が混乱する中で、一気に進められたのがあらゆる分野でのオンライン化です。

そんな中で世界中の注目を浴びたのが、台湾のIT担当政務委員オードリー・タン(唐鳳)氏。天才的なプログラミング能力が評価されて、35歳という史上最年少の若さで入閣しました。

オードリー氏の名が世界中に知れ渡るきっかけになったのが「マスクマップ」というアプリです。コロナの感染が急拡大し始めた2020年初め、日本においてそうだったように、台湾でも感染予防のためのマスクを買い求める市民が急増しました。

早晩マスクが不足すると判断した台湾政府は、いち早くすべてのマスクを買い上げました。実名制での販売にするなど一定の制限を加えた後、専用アプリ「マスクマップ」を完成させ、台湾各地にあるマスク販売拠点6000カ所の在庫状況が簡単にわかるようにしました。マスク入手についての詳細かつ最新の状態に更新される情報は市民の安心感につながり、不必要なパニックを防いだと評価されています。

このマスクマップの開発を主導したのがオードリー氏でした。オードリー氏はマスクの在庫データをまとめたマスクマップをオープンソース化し、それを見た民間のエンジニアが地図上でマスクの在庫を見られるシステムの開発に乗り出したのです。

従来の発想からすれば、製造、物流、販売までの流れを、同社内やサプライチェーンの中でいかにIT技術を駆使してシステム化できるかが課題になるでしょう。政府主導でそれをやるのであれば、システム開発を発注する会社の入札から始まっていたかもしれません。

しかしオードリー氏が行った施策は、マスクの在庫を政府が一元管理し、その情報を一般市民に公開するという、従来民間企業が行ってきた業務プロセスにはとらわれないものでした。オードリー氏は市民全体にマスクを行きわたらせることを目的に、IT技術によってできる施策を考え、企業の枠組みを超えたシステムを開発したのです。

DXの基本は「目的を見失わないこと」

人はとかく手段と目的を取り違えがちです。数十年蓄積されてきた従来の業務プロセスが前提としてあり、それをいかに効率化できるかがIT化の目的となり、「効果的にマスクを行きわたらせる」といった本来の目的を忘れてしまいます。

現在企業や社会の中で課題となっている不具合を、IT技術の活用によってどう解決できるのかを根本から考え直すことがDXの基本です。もし従来の業務プロセスがそれを邪魔するというのであれば、古いものはある程度捨ててしまう覚悟と勇気も必要でしょう。

オードリー氏の発想は、誰にも真似のできない奇抜なものなどではありません。天才的なプログラミング能力はもちろん簡単には真似できませんが、本来の目的を見失わない透徹した目を持つことは誰にでも可能です。

DX推進のため、まずは企業が本来目指す目的を具体化させることが第一です。その目的達成に向けて、現在のIT技術ではどのようなことができるかを検討し、具体的な業務プロセスはその後に実行していく。そういう目的設定を第一とする本来の考え方にもう一度立ち戻ることが大事だといえそうです。