アステラス製薬の本社(東京都中央区)

2023年5月のM&A件数(適時開示ベース)は前年を1件上回る79件だった。5月として過去10年で最多の水準にあり、国内、海外案件とも好調に推移した。1〜5月累計は427件で、前年を42件上回るハイペースを維持している。

5月の取引金額(公表分を集計)は1兆1675億円。アステラス製薬が8040億円で米国のバイオ医薬品企業を買収する巨額案件が金額を押し上げた。

トラックメーカーをめぐっては大型再編が動きだした。国内大手4社のうち、2位の日野自動車と3位の三菱ふそうトラック・バスが2024年末までに経営統合することで基本合意した。これにより、業界トップのいすゞ自動車と同社子会社で4位のUDトラックスとの2陣営に集約される。

海外案件の復調傾向が鮮明に

上場企業に義務付けられている適時開示情報のうち、経営権の移転を伴うM&A(グループ内再編は除く)について、M&A Onlineが集計した。

5月の総件数79件の内訳は買収72件、売却7件(買収側と売却側の双方が発表したケースは買収側でカウント)。このうち国境をまたぐ海外案件は13件で、日本企業が買い手のアウトバウンド取引10件、外国企業が買い手のインバウンド取引3件だった。

海外案件を1〜5月累計でみると、82件(アウトバウンド52件、インバウンド30件)。前年59件(アウトバウンド28件、インバウンド31件)を23件上回り、コロナ禍で落ち込んだ海外案件が明らかに持ち直してきた。内容的にも日本企業が外国企業の買い手となるアウトバウンドの復調が著しい。

アステラス、NXHDは過去最大

5月の金額トップは、米バイオ医薬品企業のアイベリック・バイオを子会社化するアステラス製薬。重点分野と位置付ける眼科領域で新薬候補を取り込むのが狙い。アイベリックは米ナスダック市場の上場企業。買収金額は約8040億円(59億ドル)で、アステラス製薬として過去最大のM&A。2023年7〜9月中の買収完了を見込む。

アイベリックは2007年に設立し、眼科領域に特化した新薬の開発を手がけている。老化とともに、ものを見る網膜の中心部が障害を起こすことにより、視力低下や失明の恐れのある「加齢黄斑変性」という疾患の治療薬候補について、米食品医薬品局(FDA)に承認申請中という。

アステラスでは全売上高の約4割に達する主力医薬品の前立腺がん治療薬「イクスタンジ」が2027年に特許切れを控え、独占販売の終了に伴う売上減少を補う新薬の獲得が急務になっている。

取引金額が1000億円を超える案件はほかに1件。日本通運を傘下に持つNIPPON EXPRESSホールディングス(NXHD)は約1267億円(8億4500万ユーロ)を投じて、オーストリアの物流大手カーゴ・パートナーを子会社化することを決めた。欧州域内の生産拠点として成長が期待される中東欧地域での物流ネットワークを獲得するのが狙い。こちらもNXHDとして過去最大のM&Aとなる。

カーゴ・パートナーはウィーンを本拠地とし、中東欧地域に展開。自動車や電機・電子、医薬品を中心に海運・航空貨物取扱に強みを持つ。2022年12月期の業績は売上高3100億円、当期純利益81億円。NXHDは子会社化後の業績に応じて最大832億円を売主に追加で支払う。買収完了予定は2023年11月〜24年5月。

NXHDの海外売上高比率は現在約30%で、その半分以上がアジア・オセアニア地域で占める。カーゴ・パートナーの子会社化により、海外売上高比率は40%程度に高まる。航空貨物取扱量は約25%、海上貨物取扱量は約40%増える見通しで、グローバル市場での競争力が向上する。

NIPPON EXPRESSホールディングスの本社(東京・秋葉原)

日清紡、日立国際電気を傘下に

日清紡ホールディングスは元東証1部上場の日立国際電気(東京都港区)の株式80%を取得し、7月末に子会社化する。DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展で需要拡大が見込まれる無線・通信事業の強化につなげる。取得金額は約370億円。残る20%の株式は日立製作所が引き続き保有する。

日清紡はM&A戦略をテコに事業ポートフォリオの変革を推し進めてきた。現在、無線・通信、ブレーキ、マイクロデバイスの主要3事業で全売上高の4分の3を占め、祖業の繊維事業は7%程度に過ぎない。このうち無線・通信では2010年に子会社化した日本無線を中核とし、防災システム、監視制御システムや船舶・自動車などの通信機器を展開。一方、日立国際電気は官庁向けの事業に強みを持つ。

自動車ブレーキに使われるブレーキ摩擦材では2011年に当時世界2位のルクセンブルクTMDを子会社化し、首位に立った。日清紡にとって今回の日立国際電気は約460億円を投じたTMDに次ぐ大型M&Aとなる。

1〜5月の取引金額は前年同期比25%増の3兆9748円。月別にみると、5月は3月(2兆1656億円)に続いて今年2度目の月間1兆円突破となった。3月は東芝の非公開化を目的とする総額2兆円にのぼるTOB(株式公開買い付け)の発表があり、金額が突出した。


国内トラック大手4社、2陣営に集約

トラックメーカーの再編が表面化した。日野自動車と三菱ふそうトラック・バス(川崎市)が経営統合することで基本合意した。2024年12月末までの統合完了を目指す。脱炭素や、電動化、自動運転など「CASE」と呼ばれる先端領域での技術開発で協業し、世界市場での競争力を高める。

統合持ち株会社の傘下に日野と三菱ふそうを置き、持ち株会社が株式上場する予定。この統合持ち株会社には両社の親会社のトヨタ自動車とドイツのダイムラートラックが同じ割合で出資する。

日野はいすゞ自動車に次ぐ国内2位のトラックメーカーで、トヨタは50%強の株式を持つ。トヨタは2001年に持ち株比率を50%超に引き上げて日野を子会社化した。一方、三菱ふそうは国内3位で、ダイムラートラックが約89%を出資。三菱ふそうは2005年に三菱自動車が全保有株式を売却したのに伴い、ダイムラートラックの傘下となった。

日野はエンジン性能試験をめぐるデータ不正の発覚を受け、2023年3月期決算は多額の補償費用に迫られ1176億円の最終赤字を計上。同社の経営立て直しをめぐっては親会社のトヨタの出方が注目されていた。

業界トップのいすゞ自動車は4位のUDトラックス(旧日産ディーゼル工業)を2021年に子会社化した。日野と三菱ふそうの統合が実現すれば、国内トラック大手4社は2陣営に集約される。

事業統合もあった。リコーと東芝テックはオフィス向け複合機や関連機器の生産・開発に関する事業を統合することで合意した。リコー子会社のリコーテクノロジーズ(神奈川県海老名市)を統合の母体会社とし、両社の事業を分割・移管する。対象部門の売上高はリコー3703億円、東芝テック737億円(いずれも2022年3月期実績)。

母体会社への出資比率はリコー85%、東芝テック15%を予定。デジタル化による印刷需要の減少や在宅勤務の広がりなどで事務機器市場が縮小する中、統合によって事業基盤を強化する。2024年4〜6月の統合完了を見込む。

◎5月M&A:金額上位(10億円以上) HDはホールディングスの略

1 アステラス製薬 米国バイオ医薬品企業のアイベリック・バイオを子会社化 8040億円
2 NIPPON EXPRESSホールディングス オーストリア物流大手のカーゴ・パートナーを子会社化 1267億円
3 富士フイルムホールディングス 米国インテグリスから半導体用プロセスケミカル事業を取得 945億円
4 日清紡ホールディングス 日立国際電気を子会社化 370億円
5 クオールホールディングス ジェネリック医薬品製造の第一三共エスファ(東京都中央区)を子会社化 250億円
6 日本精工 ステアリング事業の統括子会社を投資ファンドのジャパン・インダストリアル・ソリューションズ(東京都千代田区)に譲渡 200億円
7 ピーシーデポコーポレーション MBO(経営陣による買収)で株式を非公開化 159億円
8 エレコム 美容・調理家電メーカーのテスコム電機を傘下に持つティーエスシー(東京都品川区)を子会社化 99.2億円
9 リンテック カナダ886381Ontarioからラベル用粘着紙、粘着フィルム加工・販売事業を取得 69億円
10 高島 地盤改良工事の岩水開発(岡山市)を子会社化 51.8億円
11 ラクス HOYAからクラウド勤怠管理・給与明細閲覧サービス事業を取得 33.5億円
12 SHIFT ミナトホールディングス傘下でシステム開発のクレイトソリューションズ(東京都港区)を子会社化 18.9億円
13 広済堂ホールディングス 「ハロウインターナショナルスクール安比ジャパン」学生寮建設プロジェクトのHAD2(岩手県八幡平市)を子会社化 18億円
14 ライオン 「ラクトフェリン」シリーズなど機能性表示食品事業の一部を日清食品に譲渡 15億円
15 ソーシャルワイヤー 国内シェアオフィス事業をヒューリックに譲渡 14.7億円
16 エレコム 岩崎通信機傘下でネットワーク構築・運用のgroxi(東京都中央区)を子会社化 14億円
17 ソラスト JR西日本傘下でデイサービス事業のポシブル医科学(大阪府東大阪市)を子会社化 13.3億円
18 ジャパンディスプレイ JOLED(東京都千代田区)から有機ELディスプレーの開発事業を取得 10億円

文:M&A Online