自治体の動向と背景

 全国の自治体で、自転車保険の加入義務化が進んでいる。本稿ではその経緯を振り返った上で、自転車保険のメリット・デメリットを考えたい。

 au損害保険が2024年3月に発表した、全国の20歳から69歳の男女1万5381人を対象とした自転車保険加入状況に関する調査によると、自転車保険への加入率が

「65.6%」

と、2018年の調査開始以来、過去最高となった。2024年3月現在で、全国47都道府県のうち33都道府県で自転車保険の加入が義務化されており、義務化地域は日本全国の7割相当に達している。

 自転車保険の加入義務化は2014(平成26)年に兵庫県が初めて条例で導入した。背景にあったのは2000年以降、自転車と歩行者の事故により、自転車側に高額賠償を命じる判決が相次いだことだ。

 2010年6月には国土交通省の「今後の自動車損害賠償保障制度のあり方に係る懇談会」では、交通事故の被害者団体が、環境負荷の小さい自転車は今後も利用が増え、同時に事故も増えると考えられるため、強制加入の自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)の対象とすべきという提言をしている。

 しかし、国土交通省は

「自転車の実際の利用台数が不明で、どの程度の保険料とすればいいのか推計できない。車検のような機会がなく保険料の徴収も困難」

と難色を示し、任意保険加入率のアップを目指すべきとの方針を示している。この提言を報じた『毎日新聞』2010年8月30日付朝刊では、全日本交通安全協会が2005〜2006年に実施したアンケートで、自転車保険の加入義務を必要とする回答41%に対し、55%が不要と回答したと報じている。保険加入を強制すれば自転車の

「経済性と手軽さが損なわれる」

と難色を示す声が多かったためだ。しかし、その後も高額賠償を求める判決が相次いだことや、自転車の人身事故が増加傾向にあったことで、兵庫県を皮切りに全国の都道府県が条例で加入義務化(努力義務・罰則なし)を導入する事例は増えることになった。

事故類型の決定方法。「人対車両」「車両相互」「車両単独」(画像:交通事故総合分析センター)

統計からの洞察

 では、要因である自転車事故はどの程度発生しているのだろうか。警察庁の統計によれば2012(平成24)年から2022年の10年間で自転車関連交通事故は、次のように推移している。

2012年:13万2015件
2013年:12万1040件
2014年:10万9269件
2015年:9万8700件
2016年:9万836件
2017年:9万407件
2018年:8万5641件
2019年:8万473件
2020年:6万7673件
2021年:6万9694件
2022年:6万9985件

 これだけみると、事故件数自体は年々減少しているようにみえる。注目すべきは、事故の内容だ。警察庁の統計では、事故の内容を「人対車両」「車両相互」「車両単独」に分類している。うち、車両相互のみは2012年に12万6601件だったものが2022年には6万1882件と半数近くにまで減少している。一方で人対車両、車両単独は、次のような数値になっている。

●人対車両
2012年:2625件
2013年:2605件
2014年:2551件
2015年:2506件
2016年:2281件
2017年:2550件
2018年:2756件
2019年:2831件
2020年:2634件
2021年:2733件
2022年:2905件

●車両単独
2012年:2819件
2013年:2498件
2014年:2212件
2015年:1881件
2016年:1559件
2017年:1626件
2018年:1774件
2019年:2691件
2020年:2958件
2021年:3844件
2022年:5197件

車両同士が減ったのに対して、このふたつは減少していない。むしろ増加傾向にある。とりわけ高額な賠償責任につながる可能性の高い、人対車両の事故件数は減っていない。このことが加入義務化の進んだ理由である。

人対車両。自転車乗用者(第1・2当事者)の事故累計別交通事故件数(画像:警察庁)

自転車保険需要、新型コロナで浮き彫り

 多くの自転車利用者は十分な資力を持っているわけではない。そのため、事故を起こして民事訴訟で賠償を命じられても支払えないケースもあった。

 2020年4月から自転車保険の加入を義務化した東京都でも、こうした状況を問題視している。『東京新聞』2020年3月30日付夕刊では、都の担当者の

「事故を起こしても、高額な賠償金を支払えない加害者もおり、被害者を守ることにもなるので、保険に加入をしてほしい」

というコメントが紹介されている。

 加害者が賠償金を支払えない場合、被害者は十分な補償を受けられない。極端な場合、加害者が自己破産してしまい、被害者が泣き寝入りを強いられることを避けるためにも、加入義務化は最良の方法とされたわけだ。

 こうした状況を受け、自治体による自転車保険の加入義務化が進められてきたが、さらに追い風となったのが新型コロナウイルス感染拡大の影響である。人との接触を避けるために自転車利用者が増加したことで、自転車保険の重要性がより注目されるようになったのだ。

『日本経済新聞』電子版2020年8月2日付の記事では、この時期の自転車保険加入者数の増加を取り上げている。記事によれば、三井住友海上火災保険では2020年3月以降、自転車保険の主力商品の加入件数が前年同月比15〜20%増で推移した。またau損害保険も4〜5月の合計加入件数が1〜2月の合計に比べ7割増であった。

 新型コロナウイルス感染拡大を機に自転車利用者が増加し、

・事故リスクへの備えとして自転車保険への関心が高まったこと
・自治体での義務化が重なったこと

が、保険加入率の上昇につながったことがうかがえる。

車両単独。自転車乗用者(第1・2当事者)の事故累計別交通事故件数(画像:警察庁)

自転車保険のメリット・デメリット

 しかし、保険加入にはメリットだけでなく、デメリットもあることを理解しておく必要がある。そこで、改めて自転車保険加入のメリットとデメリットを提示してみたい。

 自転車保険加入のメリットは、事故の際の補償として、自身の治療費や相手への賠償金をカバーできることだ。自転車事故に関連する法的責任や経済的負担から守られるため、安心して自転車に乗ることができる。また、自転車保険への加入は、自転車利用者としての責任意識を高めることにもつながる。

 なにより、高額賠償を命じられる事例や加入義務化が実施されたことで各保険会社は安い料金で手軽に加入できる自転車保険を増やしており、保険の種類は多く、加入も手軽だ。以下、いくつかの保険の保険料や補償、特徴などを記してみよう。

●自転車ライフ安心保険(損害保険ジャパン日本興亜)
年額1200円、賠償責任1億円、LINEの運営する「LINEほけん」でアプリから加入可能

●サイクルアシスト(楽天損害保険)
年額3000円、賠償責任1億円、楽天ポイントで支払い可能

●Bycle(au損害保険)
年額3790円、賠償責任2億円、故障した自転車の搬送、自宅出張修理サービス付き

 また、自転車保険には家族全員をひとつの保険でカバーできるタイプのものも増えている。さらに、自転車を含めた各種のトラブルに対応する個人賠償保険、自動車保険に自転車特約が付帯したものもある。

 例えば、個人賠償保険であれば、自転車事故以外にも、買い物中に商品を壊してしまった場合や、ペットが他人にけがをさせてしまった場合なども補償の対象となる。また、自動車保険の自転車特約は、自動車を運転していない時の自転車事故を補償してくれる。

 自転車保険単体に限らず、なんらかの形で自転車も含む保険に加入することは、いざという時の備えになるだろう。

自転車(画像:写真AC)

保険内容の差異と加入率の低さ

 一方、自転車保険加入のデメリットとして、保険料の支払いが必要となり、経済的な負担が生じることが挙げられる。

 auの自転車保険の場合、最も安いプランで月々340円、年払いだと3790円かかる。この金額を負担に感じる人もいるかもしれない。また、自転車保険は、事故を起こさない限り、保険の恩恵を直接受けることはできない。さらに、保険会社によって補償内容に差があるため、注意が必要だ。

・補償の対象となる事故の種類や範囲
・補償金額の上限
・免責金額の設定

などが保険会社ごとに異なる。例えば、自転車の盗難が補償内容に含まれないケースがある保険もある。加入できる年齢に制限がある保険会社もあり、特に高齢者の場合、選択肢が限られる面もある。

 以上、自転車保険のメリットとデメリットを比較してみた。ただ、メリットのほうが極めて大きいと感じられるのではないだろうか。そのことが浸透しているのか、冒頭で述べたように加入率は65.6%まで伸びている。

 しかし、自動車の任意保険加入率に比べるとまだまだ低い(2021年時点で88.4%)。自転車保険の加入率が自動車保険ほど高くない理由はどこにあるのだろうか。メリットが大きいにもかかわらず、なぜいまだに多くの自転車利用者が保険に加入していないのか。その理由を探ってみたい。

自転車(画像:写真AC)

加入は義務であると同時に権利

 自転車保険に加入しない人がいる理由として、挙げられるのは加入義務化の不徹底さだ。

 例えば筆者(石坪マナミ、自転車ライター)の暮らす東京都でも、2020年に加入義務化が導入された当初は、新聞などでも大きく取り上げられ、話題になった。しかし、時間がたつにつれ、加入義務化が話題にされることは少なくなった。区役所の広報誌などで触れられることはあっても、街中で加入義務化を呼びかけるポスターなどを目にすることは、ほとんどない。

 結果、加入義務があることに気付く機会は少ない。先に記したau損害保険の調査でも、自転車保険の加入義務化を「知っている」と回答した人の割合である義務化認知率は、2021年度の49.4%から2年連続で低下し、2023年度には

「39.1%」

にとどまっている。このことは、加入義務化が十分に浸透していないことを示している。求められるのは、

・加入義務化の周知強化
・自転車利用者の意識向上

ではないか。行政、自転車販売店、保険会社が連携し、継続的な情報発信とわかりやすい説明を行うことで、加入率のさらなる向上が期待できるかもしれない。加えて、周知不足以外に、保険に加入しない理由はなにかを調査研究する必要もあると考えられる。

 いずれにしても、自転車保険への加入は、自転車利用者にとって義務であると同時に、自身を守るための権利でもあることは確かだ。

 自転車事故のリスクは誰にでもあり、ひとたび事故を起こせば、高額な賠償責任を負うことになりかねない。その経済的負担は、個人の生活を脅かすほど大きなものになる可能性がある。

 一方で、自転車保険に加入することで、万が一の事故の際には保険会社が経済的なサポートをしてくれる。これは、自転車利用者にとって大きな安心材料となる。すべての自転車利用者が、自転車保険加入の重要性を理解し、行動に移すことを強く推奨したい。それが、自転車社会の安全と安心につながるのだ。

「あなたは事故の責任をきちんと取れますか?」

この言葉をよく考えてみてほしい。自転車は凶器になりうるのである。