自民党の1986年意見広告

 国鉄分割民営化の前年の1986(昭和61)年5月22日、自民党は全国紙に意見広告を出した。それは、国鉄分割民営化後の懸案事項に関して不利益がないことを「公約」したものであった。意見広告に明記された公約は次の六つである。

●民営分割 ご期待ください。
・全国画一からローカル優先のサービスに徹します。
・明るく、親切な窓口に変身します。
・楽しい旅行をつぎつぎと企画します。

●民営分割 ご安心ください。
・会社間をまたがっても乗りかえもなく、不便になりません。運賃も高くなりません。
・ブルートレインなど長距離列車もなくなりません。
・ローカル線(特定地方交通線以外)もなくなりません。

 連載1回目では「全国画一からローカル優先のサービスに徹します。」について検証した。2回目となる本稿では、「明るく、親切な窓口に変身します。」について再考する。果たしてこの公約は守られているのだろうか。

 本稿は「明るく、親切な窓口に変身します。」の「窓口」はきっぷうりば(出札窓口)だけでなく、広くJRの接客に関する全般的な事柄を意味するとの立場から、上記の公約をジャッジしたいと思う。

JRグループ・大手私鉄特急券・指定券発売方法(東京メトロは除く)(画像:大塚良治)

窓口の減少と利用者の声

 1987(昭和62)年4月1日、国鉄分割民営化にともない、JR7社(北海道・東日本・東海・西日本・四国・九州・貨物)とその他の関係法人が発足した。当時筆者(大塚良治、経営学者)は東京都内に住んでいたが、JR発足が直前に近づいた頃、JR東日本のテレビCMが放映されたことを思い出す。

 発足数日前から「JR東日本 あと○日」と案内するCMが放映され、前日には「いよいよ明日」とアピールする特別バージョンのCMもテレビで流された。3月31日から4月1日へ日付が変わるときには、列車内で過ごす人たちの様子などがテレビ画面に映し出されていた。

 JR発足直後のゴールデンウィークに、家族で山梨県へ出掛けた。甲府駅の改札口では、駅員が立ち、乗客へのあいさつを繰り返していた。このときは

「JRに変わって、接客態度はよくなったかも」

と感じたものだった。それから37年余の歳月が流れた。現状はどうか。

 筆者の知人はJR北海道某駅の指定席券売機で、乗車券と特急券を求めようとしたところ、希望の経路が表示されず、みどりの窓口(出札窓口)での購入に切り替えた経験を話してくれた。知人は

「窓口で係員から求めれば、間違いのないきっぷが発券されるという安心感はある」

と話す。コロナ禍を経て、JR各社は、駅・ホームの無人化と出札窓口削減などの合理化を進めている。駅・ホームの無人化では障がい者や高齢者などへのケアが手薄となるほか、無人駅では治安上の懸念もある。

・機械に不慣れな人
・視覚に障がいのある人
・券売機で購入できないきっぷなどを求める人

などにとっては、窓口の方が便利である。

 近年では、新幹線でも出札窓口を廃止して、指定席券売機やオペレーター対応券売機のみの設置に切り替える駅が徐々に増えている。出札窓口が廃止された新下関駅を視察した際、指定席券売機を利用する乗客に対して、係員が操作方法を指南していた。

 JRグループでは全体的に、出札窓口が減少傾向にあるが、私鉄ではどうか。JR・大手私鉄(東京メトロを除く)の特急券・指定券の発売方法は表をご覧いただくとして、例えば、東武鉄道では、多くの駅の出札窓口で特急券などを発売している(一部の駅を除く)。同社は

「チケットレスサービスの普及により出札窓口での(特急券の)購入者は減少傾向にある」(広報部)

としつつ、「現時点では、窓口の営業体制を変更する具体的な計画はない」(同)と説明する。

ホーム係員無配置の九州新幹線新大牟田駅(画像:大塚良治)

JRグループの合理化と安全対策

 JRグループに話を戻す。

 JRグループの合理化は、出札窓口削減に止まらない。JR九州は新幹線の多くの駅で、ホーム係員を配置していない。同社は

「鉄道ネットワーク維持に向けた業務効率化の一環として、2016年4月から新玉名駅でホーム係員無配置を開始した。現在、九州新幹線では新鳥栖・熊本・鹿児島中央以外の8駅のJR九州管理駅でホーム係員無配置となっている。西九州新幹線では、事前に設備整備等を通じて十分な安全対策を施して、当初からホーム係員無配置としている。新幹線ホーム係員無配置駅では車掌がホームドアの開閉作業を行っている」(広報部)

と説明しつつ、

「当社管理の新幹線全駅に、ホーム柵の操作ができる係員を配置しており、通常時は窓口などで業務に当たっている係員が異常時に即応できるようにしている。安心してご利用いただきたい」(同)

と安全性を強調する。

 JR九州が新幹線ホーム係員無配置を検討した時期は、同社が株式上場の準備を進めていた時期に重なる。JR九州にとって、上場に備えて利益を確保する必要性がとりわけ高かった時期であるが、新幹線ホームも聖域とせずに合理化を検討・実行したのは、赤字路線を数多く抱え、費用削減が急務の同社としては、ある意味自然な流れだったのかもしれない。

 新幹線を運営するJR九州以外の各社(北海道・東日本・東海・西日本)の広報担当部門にも、新幹線駅ホーム係員の配置状況を問い合わせた。その結果、全社から新幹線全駅にホーム係員を配置しているとの回答を得た。

 それでも、全体的な傾向としては、JRグループでは、無人駅の増加も相まって、

「係員と顧客の接点が次々と切断されている」

現状がある。したがって、上記の公約は親切な係員が増えたという点では実現できているが、出札窓口廃止や無人駅増加などでそもそも接客を行う機会が減少しており、公約としては完全に守られているとはいえないとの評価にならざるを得ない。

みどりの券売機プラスが設置された紀伊勝浦駅。2022年6月20日撮影(画像:大塚良治)

行列待ち時間の社会的損失

 まずは、出札窓口の削減にともない、特定の駅へきっぷを求める乗客が集中する状況の改善を図りたいところだ。

 九州訪問中の日曜日の夜に博多駅を利用した際、JR西日本の出札窓口では行列はほぼなかったが、JR九州の窓口には長蛇の列ができていた。JR西日本の窓口があることを知らずに長い行列に加わった人もいただろう。乗客が行列待ちで空費する時間は、社会的損失となる。

 仮にJR九州とJR西日本が、例えば、同一の持ち株会社の傘下にあるグループ会社同士であったならばと空想してみる。両社で出札窓口の混雑状況を共有し、空いている方の窓口を積極的に案内することもできたのではないかとの想像に至る。

 乗客の利便性向上を図るため、両社の窓口の混雑状況を表示するモニター設置またはインターネットで窓口の混雑状況を確認できるサービスの導入などができれば、乗客の待ち時間の節約につながる。

 JR西日本金沢駅の出札窓口では整理券の導入実験を行い、乗客は待ち時間を有効に活用できるようになった。金沢駅の実験は、乗客ひとりひとりの貴重な時間をできる限り節約するという苦肉の策ではあるが、待ち時間短縮につながる施策も考えていくべきであろう。

JR西日本博多駅の案内標識。JR九州インターネット列車予約(九州方面)のきっぷは受け取れない旨記述されている(画像:大塚良治)

JR九州とJR西日本の協力障壁

 話を再びJR九州に戻す。

 現状では、JR九州のインターネット予約で購入した一部のきっぷなどがJR西日本の窓口・券売機で発券できない現状や、自社(JR九州)区間を含むきっぷがJR他社(JR西日本)で発売された場合、原則として券面額の5%の手数料が発券会社(JR西日本)に分配される契約の存在など、協力関係形成の支障となる要素が存在する。

 JRという共通の看板を掲げていても、JR九州とJR西日本は乗客を取り合う競合相手である点が協力を難しくしている面もあるかもしれない。

 小倉〜博多間では、JR西日本の山陽新幹線と、JR九州の鹿児島本線が並行し、同社は特急や快速などの速達列車を多く運行する。それでも、九州新幹線全線開業後は競合関係を乗り越え、新幹線の直通運転などで連携を深めている。窓口の混雑緩和に向けて両社が協働して投資を行えば顧客満足度は改善し、長期的には鉄道価値および企業価値の向上につながるはずだ。

 なお、JR九州インターネット予約で購入した「九州内完結のネット限定きっぷ」については、紙のきっぷに引き換える手間を省き、QRコードで直接改札を通過できるサービスが2024年度に導入される。2025年度以降、サービスの対象は拡大される予定である。

中央本線阿佐ヶ谷駅みどりの窓口跡地にはクリニックが営業する(画像:大塚良治)

旅行の楽しさと接客の重要性

 ところで、JRも単に出札窓口を削減して終わりにしているばかりではない。

 例えば、中央本線阿佐ヶ谷駅のみどりの窓口の跡地には、クリニックが営業している。こうした生活に密着したテナントを誘致することで、駅の魅力を維持することが可能となる。JR各社は手探りながらも、新たなサービス創出に向けて努力している。

 とはいえ、やはり出札窓口の削減は、乗客にとっては利便性低下以外の何ものでもない。駅は第一義的には乗客が利用する施設である。JR各社には、このことを忘れないでほしいと願う。

 また、出札窓口の削減は、旅行の楽しさを低下させかねない。九州訪問中に鹿児島本線二日市駅を利用したが、みどりの窓口に乗客がいなかったため、係員から乗車券・特急券を購入した。券売機と異なりボタンを操作する必要がなく、精神的にも楽であった。大変丁寧な接客にもいたく感動した。係員が乗客と相談しながらきっぷを発券する出札窓口は、顧客との重要なタッチポイント(接点)でもある。

 今回の九州訪問では往復新幹線利用だったが、九州や四国、北海道など、東京から遠隔の地域を訪問する際は航空便を利用することが多い。航空便を選ぶ大きな要因としては、フライトアテンダント(FA)の親切丁寧な接客がある。FAの接客が楽しみとなり、次回も航空便を利用したいとの思いにつながっている。

 旅行中に親切丁寧な接客を受けると、それだけで旅行の楽しさは倍増する。筆者に限っていえば、搭乗頻度は年に数回程度ではあるが、航空会社のリピーターになっている。

 一方、JRグループの合理化を責めてばかりでは問題は解決しないのも確かだ。JR各社は人口減少を見据え、利益確保や人手不足などへの対応策として、合理化を進めている。費用削減を通じて利益を確保することができれば、鉄道ネットワークを維持するための原資に充てることもできる。

JRグループは航空会社のホスピタリティから学ぶべき点は多い(画像:大塚良治)

上場企業の株主価値

 JR各社は株式会社である以上、利益を増やし、株主価値を向上させる「使命」を果たし続けることを株主から求められる。特に上場4社(東日本・東海・西日本・九州)については、資本市場がこの使命を果たしていないと判断したとき、株式の売却を通じて株価を下落させる。

 株価の下落は、時価総額の低下に直結する。時価総額が小さくなると、“モノいう株主”の株式買い集めや還元要求などの標的になりやすくなる。

 2023年3月期の上場4社の外国人株主の割合は、

・東日本:27.67%
・東海:23.39%
・西日本:26.72%
・九州:19.40%

で、一定の割合を占める勢力である。JR各社の経営者は、株主価値向上を求める株主の意向を無視することはできない。

 以上を端的にまとめると、上場4社の経営者は、

・鉄道ネットワークサービス水準の維持
・資本市場との対話

の両立という難しいかじ取りを余儀なくされているということになる。また、未上場3社(北海道・四国・貨物)も国による経営の規律を受け、安閑としていられる状況にはない。もし上場すれば上場4社と同様に、資本市場との対話に、経営者が頭を悩ませる帰結が待ち受ける。

東武鉄道では多くの駅に出札窓口がある(亀戸駅)(画像:大塚良治)

JRの使命と役割

 このような状況を見れば、鉄道ネットワークおよび現状のサービス水準の維持を

「JR任せ」

にするべきではない。JR各社が株主からの要求を気にすることなく、安心して鉄道サービスの提供に専念できるような制度設計を国の交通政策として真剣に検討する時期に来ていることは明らかである。

 現状を放置すれば、JR各社の合理化と利便性低下がますます進む懸念がある。極端に利用の少ない路線の危機も高まるばかりである。深刻な状況に陥る前に、早めに対策に着手する必要がある。

 そして、JRには、鉄道のパーパス(存在意義)は移動を通じて社会に価値を提供することであることを認識し、常に問題点を点検する姿勢が望まれる。ステークホルダー(利害関係者)との対話を通じて、よりよい鉄道を目指す不断の努力が要る。

 ステークホルダーには株主だけではなく、消費者(乗客)や従業員なども含まれることはいうまでもない。IT化が進み、車両の快適性が向上した令和の時代にあっても、結局

「鉄道は人なり」

である。

 係員は鉄道会社の代表である。係員の心のこもった接客で、乗客は心を動かされてファンとなり、ロイヤルカスタマー(企業・製品に愛着を持ち継続してくれている顧客)となることもある。逆に、粗末な接客やサービス低下を繰り返せば、客離れが起きる。長い距離の移動は航空便や高速バスなどへ、日常利用もマイカーへ流出するだろう。このことを常に忘れないようにしたい。