日中の混雑は京都の嵐山並み

 奈良県奈良市の奈良公園周辺が昼間だけ訪日外国人観光客で混雑している。奈良県内の宿泊施設不足から、訪日客の多くが大阪や京都から数時間立ち寄り、帰っていくからだ。

 初夏の日差しが照りつける6月上旬の昼過ぎ、奈良公園に近い奈良市東向中町の近鉄奈良駅に大阪難波からの急行列車がほぼ満員状態で滑り込む。降りてくるのは、大半が訪日客。英語やフランス語、中国語、韓国語とホームにさまざまな外国語が飛び交うが、重いキャリーバッグを引きずる人はあまり見かけない。

 駅を出た訪日客は歩道いっぱいになって東の奈良公園へ向かう。駅前の東向商店街にはまっすぐ歩けないほどの人だかり。奈良公園へ続く歩道に現れた名物のシカは、見る間に訪日客に取り囲まれた。

 奈良公園とその周辺には官民合わせて40か所以上の駐車場があるが、満車になっているところが多かった。東大寺、春日大社、興福寺など周辺の寺社は、訪日客と修学旅行客であふれている。観光公害が指摘されている京都市の嵐山とさして変わらない混雑ぶりだ。

奈良公園のシカにえさを与える訪日客(画像:高田泰)

奈良観光、宿泊客の課題

 奈良県を訪れる観光客は例年、9割近くがこの地域に集中する。奈良県奈良公園室は

「訪日客の数はコロナ禍前を超えている感じがする。ごみは散乱するし、慢性的な交通渋滞も起きている」

と頭が痛そうに話した。

 ところが、夕方が近づくと状況が一変する。訪日客の多くが帰路を急ぎ、近鉄奈良駅に次々に入っていくほか、大宮通りや登大路はバスやマイカーの渋滞が続く。東向商店街も人の波が絶え、夜が更ける前に早々と店じまいするところが少なくない。訪日客の多くが奈良市に宿泊せず、大阪市や京都市から来ているからだ。

 奈良公園でシカにえさをやっていたカナダの男性(58歳)は

「大阪のホテルに連泊し、関西を楽しんでいる。朝から奈良に来ているが、これから京都へ行く」

という。奈良県庁近くのカフェで休憩中のイタリア人女性グループは

「京都のホテルに滞在し、大仏を見に来た。奈良は半日だけ。夜は京都へ戻り、祇園で食事する」

と教えてくれた。

訪日客で混雑する近鉄奈良駅前の東向商店街(画像:高田泰)

客室数はいまだ全国最低水準

 奈良公園周辺は近鉄奈良駅やJR奈良駅から急行や快速列車を使えば、大阪市や京都市から40〜50分の位置にある。

 しかも、奈良市の主要観光地が奈良公園周辺に密集しているため、短時間で見て回ることができる。大阪市や京都市から昼間だけ数時間立ち寄って観光するには、もってこいの場所だ。

 日本政府観光局がまとめた2023年の都道府県別訪日客訪問率で奈良県は7.8%と、東京都、大阪府、千葉県、京都府などに続く

「全国7位」

に入った。ところが、観光庁の2023年宿泊旅行統計調査速報値を見ると、宿泊客数は訪日客だけなら延べ約31万人泊で全国の都道府県で26位。日本人観光客も含めると延べ約260万人泊で最下位近い

「44位」

にとどまる。

JR東海などがホテル計画を進めている奈良商工会議所会館跡(画像:高田泰)

宿泊施設増加に向けた取り組み

 原因のひとつが奈良県内の宿泊施設不足だ。奈良県観光戦略課によると、ホテル、旅館、簡易宿所を併せた奈良県内の客室数は、2022年度で奈良市とその周辺を中心に約1万200室。長く全国最少だったが、2022年度も44位と最下位近くを抜け出せていない。

 奈良市内では、2020年に奈良市役所近くの三条大路に奈良県初の外資系高級ホテルとなる「JWマリオット・ホテル奈良」(158室)、奈良公園に「ふふ奈良」(30室)がオープンした。2023年には奈良公園の旧知事公舎を活用した「紫翠ラグジュアリーコレクションホテル奈良」(43室)が誕生するなど高級ホテルの進出が続いている。

 2024年9月には奈良市役所近くの大宮町に「ノボテル奈良」(264室)、2026年には奈良公園から歩いて20分ほどの般若寺町で国の重要文化財に指定されている旧奈良監獄を星野リゾートがホテルに改造する「星のや奈良監獄」(48室)が開業する。近鉄奈良駅前の奈良県中小企業会館と奈良商工会議所会館の跡地もJR東海などがホテルを計画中だ。

 奈良県は宿泊施設の誘致に力を入れ、山下真知事が2023年11月、東京都内で開かれたセミナーで開発業者やホテル事業者に対し、奈良県への進出を呼び掛けた。だが、高級ホテルが増えても、宿泊施設の全体数は全然足りない。

奈良公園にオープンした高級ホテルの紫翠ラグジュアリーコレクションホテル奈良(画像:高田泰)

観光消費額は全国平均のほぼ半分

 昼間にちょっと立ち寄るだけの観光地だと、単価が高い宿泊費や夜の飲食代が入らず、

「地元に落ちる金」

が少なくなる。奈良県の2021年観光客動態調査報告書によると、奈良県を訪れた観光客ひとり当たりの観光消費額は5308円。全国平均の9931円を大きく下回っている(53%)。

 東向商店街の飲食店主は

「昼間は地元の常連が入店できないほど混むこともあるが、訪日客が夜までいてくれないと大してもうからない。大阪や京都の飲食店がうらやましい」

と肩を落としていた。

 奈良市は奈良公園周辺で朝や夜のイベントを企画して観光客の滞在時間を増やそうとしている。春日大社境内でホルンの音色でシカを集める「鹿寄せ」、夏の夜にろうそくの灯りで古都を彩る「燈火会」、猿沢池のライトアップなど、多彩な催しが開催されてきた。奈良市観光戦略課は

「昼間に奈良公園へ立ち寄り、大阪や京都へ戻って夕食を楽しむ観光客が多い。宿泊施設の数がそろうまでは少しでも長い時間、奈良に滞在してもらえるようイベントを工夫したい」

と力を込めた。奈良は東大寺の大仏があるおかげで何もしなくても人が集まり、商売が成り立つことから、

「大仏商法」

とやゆされてきた。不足している宿泊施設がそろうまでには、まだ時間がかかる。大仏商法を脱却してインバウンドブームに乗る知恵と工夫が必要だ。