山梨独特のバイク文化

 山梨県のとある文化が、『スーパーカブ』(トネ・コーケン著、イラスト:博)というタイトルで小説と漫画になり、2021年にはアニメ化もされた。

 この作品の主人公は、ホンダのオートバイ「スーパーカブ」で通学する山梨県の高校生だ。また、同じく山梨県を舞台にバイク通学の高校生たちがキャンプを楽しむ『ゆるキャン△』(あfろ著)を思い出す人も多いだろう。

 本稿では、これらの物語に描かれている山梨県独特とも言える「高校生のバイク通学文化」が広まった理由と、それにまつわる波乱万丈を明らかにしていきたい。

アニメ「ゆるキャン△」の作中に登場した山梨県南部町の交差点。実際にこの道を通ってバイク通学する高校生も少なくない。筆者撮影(画像:芝海しばうみ)

バイク通学が日常の山梨県

 みなさんは学生時代、どのような交通手段で通学していただろうか。日本では16歳から原付・普通二輪車の免許を合法的に取得できるが、通常は電車、バス、自転車、徒歩のいずれかの方法で通学していたはずだ。しかし、山梨県では「バイク通学」も一般的である。

 実際、山梨県は高校生の免許保有率が全国でもトップクラスだ。『スーパーカブ』の主人公・小熊や『ゆるキャン△』の主人公・リンのように、高校1年で免許を取得してバイク通学する生徒も多い。『スーパーカブ』で描かれたような

「自転車で通学する高校生が、バイクでやってきたクラスメートに追い抜かれる」

という、他県ではあまり見られない光景が日常化している。

 バイク通学の割合は立地条件などにもよるが、自転車の駐輪場とバイクの駐輪場が合体した大型の立体駐輪場を持っている高校は珍しくない。

 では、なぜ山梨県では高校生のバイク通学が一般的になったのだろうか。

甲府市中心部、県内唯一の百貨店「岡島」前を走る山梨交通の路線バス(岡島百貨店は2023年に近隣に移転)。地形的制約もあり、幹線道路でも狭い道が多いため渋滞が多発する(画像:若杉優貴)

鉄道空白地帯と通学事情

 山梨県の高校生にバイク通学が広まった理由のひとつに、県の諸事情で「3ない運動」が盛り上がらなかったことがある。3ない運動とは1980年代に始まった運動で、高校生にバイクの

・免許を取らせない
・乗せない
・買わせない

というものだ。この運動が盛り上がらなかった理由は、山梨県の

・地形的な制約
・それによる公共交通のカバーエリアの少なさ

による。

 山梨県は首都圏の西側にあり、山に囲まれている。高校の多くは

・盆地のなかにある「甲府エリア近郊」
・観光地として知られる「富士吉田エリア」近郊

に集まっており、社会人の勤務地も同エリアに多い。つまり、山梨県民の多くは毎朝「特定の地域」に向かっているのだ。

 また、山梨県の高校は全県1学区であるため、遠方に通学する生徒も多い。しかし、甲府市周辺に直接向かう鉄道は

・JR中央本線
・JR身延線

の2路線しかない。富士吉田市近郊には富士急行線しか通っていないため、鉄道空白地帯も多い。特に甲府盆地は、狭い盆地に市街地が広がっているため、地形の特性上、公共交通が発達しにくい。

 甲府盆地では、鉄道空白地帯を埋めるように路線バスが走っているが、その路線の多くは甲府市の中心部を経由する。狭い盆地ゆえ、甲府駅前(平和通り)など一部を除き、中心部の主要道路は片側1車線か2車線しかないところが多い。そのため、毎日のように渋滞が起き、バスは遅延する。

 さらに、甲府盆地の外郭や峡南地域などの中山間部では公共交通での通学は難しく、自転車での通学も地形的に難しい。甲府市中心部で頻発する交通渋滞を避けるために、小回りの利くバイク通学を選ぶ生徒が多いのも納得できるだろう。

『ゆるキャン△』キービジュアルとしても登場したJR身延線内船駅(山梨県南部町)。作中におけるもうひとりの主人公・なでしこが通学時に利用する駅だ。本数は少ないがバイクとともに大事な通学の足となっている(画像:芝海しばうみ)

バイクと電車の選択理由

 では、『スーパーカブ』の主人公・小熊のように、誰でも在学中に免許を取り、バイク通学を始めることができるのだろうか。

 先に答えをいってしまうと、答えは多くの場合「できる」だ。山梨県内の多くの高校では、正式な手続きをして許可を受ければバイク通学が可能だ。条件があったり、バイク通学を認めていない高校もあったりするが、少数派だ。

 しかし、バイク通学が一般的とはいえ、すべての生徒がバイクで通学しているわけではない。山梨県南部のJR身延線沿線の峡南地域を舞台にした『ゆるキャン△』では、登場人物の自宅や高校が駅に近いことが多く、主人公・リンのようにバイク通学の生徒もいるが、身延線通学の生徒が多く描かれている。

 身延線は日中、1時間に1本程度しか電車が走っていない。

「バイクで通学できるのなら、本数の少ないローカル線で通学する生徒の方が多いのは不思議だ」

と思う人もいるかもしれないが、道路事情がそれほどよくないのにバイクで通学するのは決して楽ではなく(後述)、自宅と高校が駅に近い場合は電車で通学する生徒が多い。したがって、電車通学生が多い山間部の学校というのは不自然な描写ではない。

 このほか、南アルプス市周辺には、山梨県のバス路線としては珍しく、甲府市の中心部(朝夕は非常に混雑する)を経由せず、郊外都市と高校のあるエリアを直接結ぶ「スクールライナー」のような朝夕運行の路線もある。そのような地域では、バス通学を選ぶ生徒も多い。

『ゆるキャン△』舞台のひとつ・山梨県南部町。山梨県の「山がち」かつ「狭い盆地や谷に密集」する地形は、高校生に「バイク通学」という選択肢をもたらすことにつながった(画像:芝海しばうみ)

バイク通学の意外なハードル

 自転車よりも速く、公共交通よりも小回りが利くバイク通学を選択できるのはうらやましい限りだ。しかし、バイク通学は意外と大変なことも多い。

 山梨県は車社会ではあるが、道路事情は決してよいとはいえない。前述したように、山梨県は地形の制約上、狭い道が多いため都市部では渋滞が多い。

 そして、ひとたび山に入れば急勾配やカーブが多い。さらに、野生動物が飛び出してきて愛車を傷つけることもあり、保険の等級も下がる可能性がある。

 バイク通学の難しさは道路事情の厳しさだけではない。山梨県は内陸県で山が多いため、ガソリンの価格も全国ベスト10に入る高さなのだ。

 バイク通学の文化は、今やさまざまな作品に描かれる「山梨らしい光景」のひとつとなっている。一見、うらやましいような気もするが、

・ガソリン代
・車検代
・保険料

そして本人(運転手)自身の負担を考えるとデメリットは大きく、険しい地形ゆえに公共交通が不十分という地域特性をリカバーするための

「やむを得ない策」

ともいえる。

山梨県身延町の廃校に飾られた『ゆるキャン△』パネル。県内のアニメの舞台は山間部も少なくない。聖地巡礼の際は安全運転を!(画像:芝海しばうみ)

アニメ聖地と事故防止の呼びかけ

 山梨県では、山がちな地形による過酷な道路環境のため、交通事故が後を絶たない。

 2021年には、人口10万人当たりの交通事故死者数が

「全国ワースト2位」

だった。事故が多いのはバイク通学の学生が多いからだといわれることもあるが、首都圏からリーズナブルに行けるドライブ・ツーリング・スポットであることも大きく影響している。

 山梨県はさまざまなアニメの聖地として脚光を浴びてきた。訪れる際、都市部居住者は慣れない狭い山道を運転しなければならないことが多い。

 作品の舞台を“聖地巡礼”する際は、シートベルトやヘルメットの着用、周囲への配慮を怠らず、無事故・無違反でドライブやツーリングを楽しんでほしい。