早稲田大学周辺の飲食店、通称「ワセメシ」を毎日食べ、ツイッターで発信していた「僕のワセメシ日記」さんが4月17日、365日目のツイートを行った。(高田馬場経済新聞)

 【写真】「僕のワセメシ日記」さんにとって初の「ワセメシ」の店になった「キッチンオトボケ」の「トンカツ定食」(大盛り)

 「僕のワセメシ日記」さんは、2014(平成26)年に早稲田大学文学部を卒業。在学時には、アカペラサークルに所属。入学当初は約1時間かけ通学していたが、4年生の時に早稲田に引っ越し、現在も早稲田在住。食べることが大好きで、高校生の時から学生街の飲食店に憧れを持っていた。

 入学前から早稲田大学出身のヴォーカル・グループ「ゴスペラーズ」が好きで、後輩になりたいということなどから早稲田大学を志望。「ゴスペラーズ」のメンバーがメディアで語っていた早稲田の飲食店に、当時から行ってみたいと思っていた。初めて食べた「ワセメシ」は入試前日の下見に来たときに食べた「オトボケ」の「チキンカツ定食」。入学式の日には友人とそれぞれの母親の4人で激辛エスニックカレー専門店「メーヤウ」で食事をした。

 アカペラサークルでは幹事長を務め、サークルのメンバーとご飯を食べることで交流する時間が大切だと考えていた。「僕のワセメシ日記」さんは「サークルのメンバーと行った『ワセメシ』は、どの店もかけがえのない思い出の場所。そういった場所が早稲田にあることがありがたいことだった」と振り返る。後輩に「ワセメシ」を紹介するためにサークルで大食い企画なども行っていた。

 毎日「ワセメシ」を食べ、ツイートを始めたきっかけは、新型コロナウイルス感染症の拡大。「僕のワセメシ日記」さんは、「昨年、コロナ禍で学生街が大変になった状況で学生さんや卒業生の間で『ワセメシ』を救おうとするいくつもの動きを見ていた。メディアでも取り上げられるものもあり、すごい取り組みが多かった」と振り返る。「自分にも何かできないかと考えたが、正直そこまでできないと思った。早稲田に住んでいる自分にできることは、毎日『ワセメシ』を食べ続けることだった」と話す。

 昨年4月18日から「僕のワセメシ日記」アカウントをスタート。仕事がリモートワークだった期間もあり、合間をぬって、「ワセメシ」に通い続けては、「○日目」と題し、その模様を写真やエピソードなどをつけてツイートをし続けた。ツイートするようにしたのは、情報発信をしたいという気持ちよりは、「自分が『ワセメシ』を食べるんだ」という意気込みからだったという。

 「なんらかの事情があってツイートできなかったら、終わろうと思っていた。あっという間の1年だった。早稲田は改めて良い街だと感じたと同時に、自分のツイートを見て、その店に行ったと連絡をいただいた時は、うれしかった」と話す。徐々にフォロワーが増え、早大の卒業生で音楽プロデューサーなどの松尾潔さんにツイッターで言及されたり、新宿区長から「いいね」をもらったりもした。

 この間に食べた「ワセメシ」は多い順から「わせだの弁当屋」(22回)、「東京麺珍亭本舗」(17回)、「武道家 早稲田本店」(15回)。365日目は「僕のワセメシ日記」さんが入学式の日に食べた思い出の「早稲田メーヤウ」だった。「早稲田メーヤウ」は2017(平成29)年に閉店した「メーヤウ」を早大卒業生が復活させた店。

 「僕のワセメシ日記」さんは、「まずはお店に感謝するとともに、店を支えてきた人や街にも感謝申し上げたい。昨年、学生がいなくなった早稲田の街の飲食店の皆さんは本当に大変な思いをされたと思う。そういった中で、その場所にその店があり、自分に料理を出してくれるという事実がありがたい」と話す。

 「飲食店の皆さんは厳しい状況の中でもずっと店を開け続けてくださった。食べることが生きがいで、『ワセメシ』が大好きな自分にとって、お店の皆さんがいなければ、この1年間の自分の楽しみはなかった。今後も楽しませていただきたい」とほほ笑む。

 4月17日には「1日でもツイート出来ない日があればすぐに止めようと思っていた日記を書き始めて、ちょうど1年が経ちました。明日は投稿しないので、毎日ワセメシは今日で終了です。1年を目標にしていたわけでもないのですが、きりの悪いところで終わるのもなんなので、ここらで一旦中締めにしておこうと思います。」(原文ママ)とツイート。今後、新型コロナが収束すれば、他の学生街の飲食店も行ってみたいという。

 今後は適宜ツイートしていく。