「投資の神様」として知られるウォーレン・バフェット。彼が以前来日した際、国内商社と会談していたことが話題になった。自身が率いる投資会社の判断材料を仕入れる目的もあっただろう。バフェット氏に限らず、投資会社などの「機関投資家」は、このような上場企業との“対話”を日々行っている。また、投資家に情報を提供する「証券アナリスト」も同様の形で情報収集している。

こうした投資家やアナリストと上場企業の対話を支援し、市場の活性化に取り組んでいるのが株式会社みんせつだ。一体どのようなことを行っているのか。なぜ上場企業との対話をサポートすることが市場活性化につながるのか。みんせつ代表取締役CEOの中安祐貴氏に取材した。

当事者として感じていた「対話」の課題を無くそうと創業

機関投資家や証券アナリストが上場企業と対話する機会はいくつかあるが、なかでも代表的なのは2つ。「決算説明会」と「個別取材」だ。前者は各企業が四半期(3ヶ月)の決算ごとに行うイベントであり、後者は機関投資家やアナリストが個別に企業を取材し、経営状況や方針について直接話を聞くことを指す。

決算説明会や個別取材を行う上では、さまざまな手間や、非効率な作業が存在する。実は中安氏も、もともと証券アナリストとして10年ほど活動しており、その煩わしさを現場で感じていたという。そしてこれが起業のきっかけになった。具体的にどのような手間があったのか、こんなふうに説明する。

「たとえば決算説明会の場合、シーズンになると多い人は200〜300の説明会に出なければなりません。しかし各社の説明会情報が十分に網羅されたツールやサイトはほぼなく、企業ごとに1件ずつ開催日時を調べなければなりませんでした。なかには直前まで情報が発表されないケースもあり、企業に連絡して確認することも。そこで当時から『上場各社の説明会情報が集約されたサービスが欲しい』と感じていたのです」

一方、個別取材についても取り除きたい手間があった。各企業とのアポ取り作業や面談スケジュールの管理だ。

個別取材も四半期ごとに300社近くの上場企業を取材しており、その間は日々壮絶な“取材ラッシュ”となる。しかも四半期のうち一定期間は、上場企業が決算や株価に関してのコメントを控える“沈黙期間”となるため、実質的には2カ月ほどで一気に取材する。「1日7件ほど取材することも珍しくありませんでした」とのこと。すると、この間のアポ取りやスケジュール管理は大変な作業だ。

「パズルを埋めるように予定を調整しながら、膨大な数の企業と面会していました。アポイントを取る際も、ひとつひとつの企業にすべて連絡し、アナログでスケジュール調整していたのです。複雑で大変な作業でしたし、ダブルブッキングなどのミスが起きてしまうこともありました」

こうした手間や煩わしさを解消するため、中安氏は会社を立ち上げた。現在は「みんなの説明会」というプラットフォームを運営し、機関投資家やアナリストに提供。上場企業との対話を滑らかにしているという。

投資家やアナリストから好評だった「カレンダー」と「取材調整システム」

みんなの説明会では、決算説明会と個別取材それぞれの課題に向けた機能を実装している。まず決算説明会では、各社の説明会の開催日程を網羅した「決算説明会カレンダー」を提供。「このプラットフォームに来れば、各社の説明会情報を一覧で見られる状況を作りたかった」とのこと。2016年に実装したところ、機関投資家やアナリストに好評で、みんなの説明会のユーザーは一気に増えたという。

「各所に散らばる説明会情報を私たちがどう収集しているかといえば、ほとんどが人力です。会社サイトから情報を取得するほか、直接企業に問い合わせることも。それらをカレンダーに反映しています。こうした積み重ねで、現在は東証上場4,000社のうち3,200社ほどとつながっており、企業の方から日程をお送りいただくことも増えました」

説明会の日程を集約するだけでなく、参加する際の申込み代行サービスも提供している。従来は機関投資家や証券アナリストが参加したい説明会にひとつひとつ申し込んでいたが、それらをワンストップで代行。参加したい説明会をすべて選択して登録すれば、あとの申込みはプラットフォーム側が自動で行う。

「一方で、決算説明会はデリケートな情報を扱う場であり、参加者のプロフィールや立場をきちんと把握・管理することが望ましいと言えます。みんなの説明会はユーザーのプロフィールや属性が明確になっており、その点も担保しているのです」

個別取材については、先ほど触れたアポイントの苦労を軽減すべく、取材日程の調整システムを提供している。たとえば機関投資家が取材したい企業を100社入力すると、自動でその100社にメールが送られ、受け取った企業は日程候補を返信。投資家はその中から希望日時を選択してアポイントを確定する。

多数の企業と同時進行で日程を調整するため、ダブルブッキングの危険もある。そこですでにアポイントが決まった日時は、並行で調整している他企業の候補日から自動で除外される機能もついているという。

IR担当AIと個人投資家のやり取りも? 対話が市場を活性化する理由

上場企業との対話を支援する、みんなの説明会というプラットフォーム。開発のきっかけはアナリスト時代の原体験だったが、こうした形で投資家と上場企業の対話を活発にすることは「資本市場の活性化につながる」と中安氏は考えている。

「世界中の投資家に日本市場に目を向けてもらうには、上場企業が有益な情報を投資家に直接伝える機会を増やすことが重要です。決算や企業業績の細かな数字はネットで得られますが、その数字の裏側にある意味を“生の言葉”で企業が伝えられると、より有益な情報になるはずです。同じ100億円の利益でも、それに対する経営者の見解を聞くと、数字の意味合いが大きく異なることもありますから」

さらには、企業と投資家が対話をしながら経営戦略や現状を共有することも、企業成長の歯車になるかもしれない。社内ではない、社外の投資家だから分かること、伝えられることがあるからだ。そうして実際に企業が成長すれば、資本市場の盛り上がりにもつながる。「これからも私たちは対話を支えていきたいですね。あくまで黒子として、地道に努力していきます」と中安氏は言う。

なお、みんせつはJPX総研とも資本業務提携を結んでいる。「私たちとJPX総研が描いているゴールは一緒です。両社それぞれができることを持ち寄って日本の市場を盛り上げたいと思います」と話す。

今回取り上げたサービスは機関投資家が中心だが、個人投資家と上場企業の対話を支援することも、今後の市場を考える上で重要だと中安氏は考える。そんな話をした上で、ひとつの未来予想として、こんなアイデアを口にした。

「ChatGPTなどの生成AIを使えば、各企業のIR担当に近い知識を持ったAIを作ることも可能かもしれません。そのAIが個人投資家とチャットで会話し、経営状況や決算の質問を受けるという形も面白いのではないでしょうか。上場企業の担当者が個人投資家一人一人と対話するのは、時間やリソース的にさまざまなハードルがありますが、こういったテクノロジーによる解決は十分あり得るでしょう」

市場を盛り上げるために必要なのは、投資家と上場企業の対話。その対話の積み重ねは、ときに両者の絆を生むこともあるかもしれない。つまり単純に利益を求める投資ではなく、対話を通じて企業や経営者の考えに触れ、その企業を応援しようという投資につながる可能性がある。みんせつが行う事業には、そんな意味合いもあるのではないだろうか。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2024年3月現在の情報です