市場で注目を浴びているトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。今回のテーマは、「現代用語の基礎知識選 2023ユーキャン新語・流行語大賞」のトップ10に入った「生成AI」。

いまや生成AIを使えば、簡単に画像や文章をつくることができるが、AIでつくったものは「著作権」で保護されるのだろうか? 既存の画像や文章をAIに学習させることは、著作権の侵害にあたるのではないか?

イラスト作成ソフト「CLIP STUDIO PAINT(クリスタ)」は、画像生成AI「Stable Diffusion」による作画補助機能を試験導入することを発表していた。しかし、ユーザーから「他者の著作物を利用する機能なのではないか」という懸念や批判の声が届いたため、搭載を見送ることに。著作権侵害に対して不安感が募ったことによる方向転換といえるだろう。

そして、文化庁も2024年2月29日に「AIと著作権に関する考え方について(素案)(令和6年2月29日時点版)」を公開し、生成AIの利用が著作権侵害にあたるかどうかの考え方を示している。ここではどのような内容が示されたのか、法的に生成AIは著作権侵害にあたるのか、Authense法律事務所の早川政哉弁護士に聞いた。

著作権が認められるのは「思想または感情を創作的に表現したもの」

そもそも著作権とは、どのようなものが保護される権利なのだろうか。

「著作権法で規定されている『著作物』を保護する権利です。『著作物』とは、『思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの』と定義されており、これらの複製や公衆送信、譲渡といった特定の利用に制限がかかるイメージです」(早川弁護士・以下同)

「著作物」の定義に照らし合わせると、「生成AIでつくられた画像や文章は、基本的に著作物に該当しない」と、早川弁護士は見る。

「AIというプログラムがつくったものであり、人の思想や感情を創作的に表現したものとはいえないため、著作物ではないと考えられます。ただし、ここは議論の余地がある部分で、場合によっては著作物と判断される可能性もあります」

なぜ、生成AIがつくった画像や文章が「著作物」と判断されるのか。その理由は、人の思想や感情が介在するケースもあり得るからだという。

「生成AIで画像や文章をつくるとき、プロンプト(人による指示)を打ち込みますよね。このプロンプトの表現に創作性があり、一定の思想や感情の表現が認められると判断されると、著作物と認められる可能性があります。文化庁の『AIと著作権に関する考え方について(素案)(令和6年2月29日時点版)』でも、『AI 生成物を生成するに当たって、創作的表現といえるものを具体的に示す詳細な指示は、創作的寄与があると評価される可能性を高めると考えられる。』と示されています」

では、「創作性があり、一定の思想や感情の表現が認められるプロンプト」とは、どのようなものを指すのだろうか。

「一概に『こういうプロンプト』とは言えませんが、生成AIでつくったものに限らず、『短い文章に著作権は認められるのか』という議論は昔からあります。例えば、『おはよう』とだけ書いた文章を詩として発表したとして、それに著作権を認めていいのかということです。生成AIも同じで、短いプロンプトだと創作性は認められづらいでしょう。ただし、文化庁は『長大な指示であったとしても、創作的表現に至らないアイデアを示すにとどまる指示は、創作的寄与の判断に影響しないと考えられる。』と示しているので、長ければ著作権が認められるというわけでもないといえます」

プロンプトに人の思想や感情が介在していないものは著作物と認められないとなると、アプリなどで自動的に生成される画像などは著作物と認められない可能性が高いといえそうだ。

生成AIに著作物を学習させることは「著作権侵害」になる?

議論が活発化している「生成AIでの作成は著作権侵害にあたるか」という点は、どのように解釈されるだろうか。

「著作権侵害のポイントは、依拠性と類似性です。依拠性とは、他者の著作物の要素を自己の作品に用いること。類似性とは、他者の著作物の表現上の本質的な特徴を見た人が直接感得できることを指します。依拠性、類似性の有無は、人がつくった作品においても意見が分かれるところで、生成AIの作成物においても同様に議論されているところです。ただ、日本の著作権法には、例外的に著作物の利用が認められる権利制限規定が設けられており、生成AIも例外にあたるのではないかという意見もあります」

ちなみに、著作権法の権利制限規定のなかには、「私的使用のための複製」「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」「図書館等での複製・インターネット送信等」「非営利・無料の場合の著作物利用」などがある。

「生成AIの学習に他者の著作物が用いられていたとして、第三者がその生成AIを使って画像や文章をつくった場合に、すぐ著作権侵害になるかというと、そうではないといえると考えられます。例えば、さまざまな作家の絵画を学習した生成AIを使い、ピカソ風の絵をつくった場合は、著作権侵害にはあたらないでしょう。しかし、ピカソの作品にそっくりな画像が生成され、それを公に発表した場合は、著作権侵害にあたる可能性があります」

ここまでは生成AIでつくったものの著作権侵害を見てきたが、そもそも他者の著作物をAIに学習させる行為は、著作権侵害にあたらないのだろうか。

「先述した権利制限規定のひとつに、『著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用(著作権法30条の4)』があります。自身や視聴者が著作物の表現を見て楽しむ目的でなければ、著作物を用いてもいいとされているのです。つまり、生成AIの性能向上などの目的で著作物を学習させる行為は、著作権侵害にはあたらないといえます」

裏を返すと、ユーザーを楽しませるために生成AIに学習させることは、著作権侵害にあたる可能性があるということだ。

「多くの人にこの表現を見せよう、特定の作家と同じ絵を生成できる機能で楽しませようという目的で生成AIに学習させた場合は、権利制限規定を外れ、著作権侵害と判断される可能性があります」

一般ユーザーが生成AIを使う際に注意すべきこと

文化庁から出された文書はあくまで素案であり、早川弁護士も「AIと著作権の関係はこれから議論される部分」と話すが、今後どのような方向に進んでいくだろうか。

「文化庁が出した文書などを読む限り、生成AIに関する新しい法律を制定するというより、現行の著作権法での解釈を明確にする方向に持っていくのではないかと思います。従来の判例や学者による議論をもとに解釈を定めていくと考えられるので、現在の著作権法を把握することが重要になるでしょう」

海外、特にヨーロッパでは、いち早く生成AIに関するルールが定められているという。

「EUでは、2024年3月13日にAI規制法『AI Act』が可決されました。AIの開発や利用を規制する法律で、『基本的権利に対する明らかなリスク』が予想されるアプリは禁止とされ、AIの開発者には学習させるデータの開示などの透明性が求められるようです。イギリスやドイツでは、日本と同様に、一定の利用に関しては著作権侵害にあたらない規定を設けるという動きが出てきています」

日本で、EUほどの厳しい管理が進められるかはまだわからないが、著作物を学習する生成AIと著作権は切っても切れない関係にあるといえるだろう。いちユーザーとして、注意すべきことはあるだろうか。

「著作権侵害を未然に防ぐという意味で、生成AIでつくった画像や文章があまりにも他者の著作物に似ている場合は、公表しないほうがいいでしょう。また、他者の著作物をプロンプトに打ち込むことも、おすすめできません。どちらの行為も必ず著作権侵害になるというわけではありませんが、著作物の作者から訴えられ、損害賠償などを求められることがないとも言い切れないので、やらないほうが賢明だといえます」

日常に溶け込み始めている生成AIだが、深く考えずに使っていると、著作権侵害という落とし穴にハマってしまうかもしれない。人を真似るツールではなく、自分の表現を突き詰めるツールと考えるとよさそうだ。

(取材・文/有竹亮介(verb) 撮影/森カズシゲ)