いまや、ビール、ハイボールと並んでアルコール飲料市場を牽引するレモンサワーに衝撃の新商品が登場した。本物のレモンスライスが入った缶チューハイ──その開発秘話を探った。

 丸ごと外せるフタを開けると、弾ける泡とともにスライスされたレモンが浮かび上がる──『未来のレモンサワー』(アサヒビール)は、従来の缶チューハイの印象を大きく変えた。一般的な100円台の缶チューハイより高額(希望小売価格298円=税込)にもかかわらず、売れ行き好調だという。消費経済アナリストの渡辺広明氏が語る。

「高級感があり、一度は試してみたい、ちょっとした贅沢の入口になる商品。外食のレモンサワーと同等の価値を打ち出しながら、飲食店で注文するより安い。開缶時のエンタメ性もあり、今後はこのような付加価値に各社が注力するのでは」

 缶チューハイなどのRTD(注:RTD=Ready To Drinkの略。開けてそのまま飲める飲料)飲料市場にはこの半年余りで、“追い風”と“逆風”が吹いた。昨年10月の酒税法改正で、第3のビールが増税(350mlあたり37.80円→46.99円)となったのに対し、RTDは同28円に据え置かれ、コスパを意識する層がRTDに流入する傾向が生まれた。

 一方、今年2月には厚生労働省が適量の飲酒を呼びかける指針を決定。

「高アルコールのストロング系が“手軽に安く酔える”として缶チューハイ市場を牽引してきたが、指針を受け撤退・縮小が始まっています」(同前)

 そうした環境下で発売を迎えた『未来のレモンサワー』は、味や趣向だけでなく、販売戦略としても“未来”を描いているといえそうだ。開発の背景には、アサヒビールが2021年4月に発売した『アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶』があった。同社マーケティング本部新ブランド開発部担当課長の山田佑氏が語る。

「『生ジョッキ缶』発売の少し前に、開発の様子を間近で見ていた缶チューハイ分野の開発研究者が“同様のコンセプトでレモンサワーを作れないだろうか”と思いついたのが発端です」

『生ジョッキ缶』の特徴は全開になるフルオープン缶だ。グラスに注がなくとも泡立ちを楽しめ、飲み口部分で手や口を切る恐れがない。この「ダブルセーフティー構造」の技術を応用したいと考えたのだ。

櫛切りかスライスか

 商品開発プロジェクトは2021年に始動した。

「居酒屋のサワーのように果物を入れたら面白いというアイデアのもと、定番のレモンの採用を決定した。過去につぶつぶの果肉入り飲料を作ったことはあったものの、大きなサイズの果実を入れるのは未知の領域。量産する製造設備もなく、ゼロからの開発でした」(同前)

 最初に試したのは、居酒屋でおなじみの「櫛切り」。ところが厚みがある櫛切りでは、保存性を保つための乾燥が不十分になってしまう。また、皮が大きすぎて理想の香りや味わいにならず、断念せざるを得なかった。

 次に選ばれたのがレモンスライスだった。

「厚さ、重さ、直径を模索し、トライ&エラーの繰り返しでした。櫛切りより果肉の強度が落ちるので欠けたり、缶に充填したサワーの中で崩れてしまったりと、失敗は数えきれません」(同前)

 だが、そうした試行錯誤の中で、開栓時にレモンスライスが炭酸に乗って浮いてくるという“偶然の産物”に巡り会えた。

「レモンが浮かび上がるのが、お客様のワクワクの一丁目一番地になると確信しました。ベストな状態で浮き上がるよう、レモンの厚さを最終的に5ミリにし、2度乾燥させることで最適な水分含有量に。糖をコーティングして、出荷後も形状を維持できるようにしました」(同前)

 店頭発売直前に開催された有料試飲イベントでは「レモンは食べられるの?」との声もあった。

「レモンは世界的な産地、中国四川省安岳県の契約農家で栽培しています。輸入レモンは輸送中の虫やカビの発生を防ぐため収穫後に薬剤散布をすることが多いですが、この商品のレモンは薬剤を使用せず、現地で加工しています。安心して食べていただけます」(同前)

 缶によってレモンの大きさにばらつきがあり、種入りもある。

「種を取り除いたほうがいいとの意見も社内にありましたが、新しい体験、新しい価値を楽しんでいただくために、レモンの個体差を打ち出しています。レモンは缶の中で熟成するので、保存期間によって香りや味わいの変化も楽しめます」(同前)

 購入者からは「美味しく飲んだけど、普段楽しむには価格が高い」との意見もあり、エンタメ性に惹かれた客がリピート購入するかが、今後の課題となりそうだ。価格やアルコール度数の競争から距離を置く商品は、缶チューハイの「未来」をどう変えていくのだろう。

※週刊ポスト2024年7月12日号