「なにわの台所」として知られ、1日2万4000人の外国人観光客が訪れる「黒門市場」。そこから歩いて10分ほどのところにある大阪府内のマンションで今、騒動が起きている。住人が、突然オーナーから「家賃を2倍にする」と通告されたというのだ。マンションの住人は言う。

「2月に突然、『管理会社とオーナーが変わった』という趣旨の連絡があり、管理会社から、『オーナーの意向で6月の家賃から4〜9階は一律18万に変更します』と通達がきたんです。これまで家賃9万円でしたが、いきなり倍です。『払えるわけない』と半数以上の人が出ていってしまった」

「突然の値上げ」の背景には、円安に伴うインバウンド特需があった。

「引っ越していった人によると、管理会社から『出ていった人の部屋は民泊にする』『民泊になると中国人の旅行客がたくさん来てゴミや騒音が酷くなることが予想される』と退去を促されたそうです。

 調べてみると新しいオーナーは中国系の不動産会社で、建物を一棟買いしたようです。この辺りは観光客に人気のエリアなので、民泊需要で儲けようと住民を追い出すために突然の値上げを通告したのでしょう。オーナーに家賃値上げの根拠となる資料等を要望しましたが、反応は一切なく困惑しています」(同前)

 値上げ通告があった今年2月から、マンションの様子は一変したという。

「管理人が不在になり、ゴミ捨て場の清掃が一切行なわれなくなりました。5月には外部委託のゴミ収集車が来なくなったために建物前の路上にまでゴミが溢れかえるようになってしまったんです。

 その後、市のゴミ回収車が来るようになりましたが、ゴミ捨て場の清掃はされないまま。これじゃあ、“令和の地上げ”ですよ」(同前)

 法的には、突然の家賃値上げに応じる必要はない。「借地借家法は、契約違反がなければ、貸主が立ち退きを求める正当事由がない限り、立ち退きを認めていません。また、賃料の値上げは、裁判をしない限りは、双方の合意がなければできず、借主が一方的に値上げすることはできない」(東京借地借家人組合連合会常任弁護団の種田和敏弁護士)からだ。

 それもあってか、この「家賃2倍」騒動が6月上旬に関西テレビの番組で報じられると、しつこく値上げを通達する動きは止まったという。だが、その後に新たな動きも出てきていた。

中国人なら1泊1万円出す

 6月下旬、同マンションを訪れると、ビル全体にガタガタ、バターンといった音が響いている。部屋のガス給湯器や電気メーターなどが新品に取り換えられ、空室となった部屋のリフォームが進んでいるのだ。

「着々と民泊に転用する準備が進んでいるようで、残っていた人も気味悪がって引っ越している。正直住み続けていいのか不安です」(現在も暮らす住人)

 ここで見られるのは、“激安ニッポン”の不動産が中国などに爆買いされる構図だ。全国紙経済部記者が言う。

「円安の日本で中国人観光客などの財布の紐は緩んでいるから、マンションの一室を民泊として貸し出せば、一人あたり1泊1万円以上の高価格でも泊まってくれる(大阪府などで認められる特区民泊は2泊3日以上の滞在が条件)。そうなると建物のオーナーになった中国人からすれば、日本人から月9万円で家賃収入を得るより、断然お得という話です」

 マンションオーナーの不動産会社を直撃したが、「答える必要はない」と言うのみ。管理会社も取材に応じなかった。

 こうした民泊は国家戦略特区法と大阪府・市の条例に基づくいわゆる「特区民泊」だ。大阪市経済戦略局観光課に認識を聞くとこう答えた。

「特区民泊の条件を満たしていないのであれば対応するが、不動産の所有者が民泊で稼ぐために家賃を不当に上げたというケースは民間同士の契約の話になるので、市として対応する話ではない」

 インバウンド特需は大阪だけの話ではない。前出・種田弁護士が言う。

「東京でみられるのはマンションの住人を追い出して更地にし、商業ビルなどを建てるパターン。建物を民泊にする例は聞かないが、この世界では“大阪でこのやり方がうまくいった”となると、東京でも真似する業者が出てくるのが常です」

 日本人の生活に身近な様々な局面で“安い国”であることの弊害が顕在化している。

※週刊ポスト2024年7月12日号