北野武監督の『キッズ・リターン』(96)でスクリーンデビューを果たしてから25年が経ち、唯一無二の俳優として、数々の映画やドラマで圧倒的な存在感を発揮している安藤政信。短編映画オムニバスプロジェクト「MIRRORLIAR FILMS(ミラーライアーフィルムズ)」では、初めての監督業にチャレンジ。短編映画『さくら、』を作り上げ、また新たな一歩を踏みだした。「きちんと人と向き合って、リスペクトしながらものづくりをしたい」と語る安藤が、作品にも人にも真摯な歩みを続けてこられたのは、キャリアのスタートに出会った北野監督のおかげだという。「武さんが教えてくれたことを、ずっと考え続けてきた。すべては最初から武さんが教えてくれていた」という安藤が、初監督作に込めた想いを語った。

■「(山田)孝之が考え、動こうとしている時に僕に頼んでくれたのならば、僕はそれをまっとうしたいと思う」
「MIRRORLIAR FILMS」は、伊藤主税(and pictures)、阿部進之介、山田孝之らが発起人となり、クリエイターの発掘、育成を目的に、映画製作のきっかけや魅力を届けるために生まれた短編映画制作プロジェクト。“変化”をテーマに、俳優、映画監督、漫画家、ミュージシャンなど総勢36名が監督した短編映画をオムニバス形式で4シーズンにわけて製作、公開。そのシーズン1のひとつとして、安藤の監督した『さくら、』が登場する。

山田から声がかかり監督業に乗りだしたが、写真家としても活躍するうえに、「いろいろな監督とご一緒してきて、たくさんの愛情をもらってきた。なんでこの監督はこんなに周囲に愛されるんだろうと思うような人もたくさんいて、憧れもあった」という安藤だけに、「もともと映画監督をやってみたいという気持ちは持っていた」という。

山田が初プロデュースを手掛けた『デイアンドナイト』(19)にも役者として呼ばれるなど、山田の安藤への信頼は厚い。安藤は「孝之には本当に感謝しています」と口火を切り、「『デイアンドナイト』で初めてプロデュース業という新しい挑戦をするという時にも、孝之は僕に声をかけてくれた。『デイアンドナイト』の宣伝活動をしている時に、孝之から『映画を撮りませんか?』という話があったんです」と述懐。「孝之が考え、動こうとしている時に僕に頼んでくれたのならば、僕はそれをまっとうしたいと思う。さらに引き受けたのならば、これで終わりにするのではなく、今後の出会いにつながるようなものにもしたいと思った」と語る。

監督業に挑むにあたっては、「緊張と不安しかなかった」とも。「みんなの感性や人間性、スキル、それらすべてをもらって一本の映画にするのが監督としての仕事。みんなの気持ちをもらっているわけだから、15分という短編映画の限られた時間のなかで、絶対にいいものを見せたいと思いました。そういった責任は強く感じました」と覚悟したという。

■「撮影の5日間は、とにかく楽しもうと思った」

『さくら、』で安藤は、山田を主演に迎え短編映画を撮りあげた。主人公(山田)は、友人A(安藤)の恋人(森川葵)と秘密の逢瀬を重ねていたが、ある日突然、友人Aが亡くなる。順調に思われていた彼らの友情が、次第に歪んでいくのだ。生から死への“変化”、死をきっかけとした人間関係の“変化”を描くこととなったが、安藤は「出会いと別れ、人間が本能的に求めてしまうことを、激しい感情と共に描きたい」と思っていたそうで、脚本家の木舩理紗子とセッションを繰り返したという。

今年4月、5日間をかけて金沢で撮影を敢行した。撮影当日の朝を迎えた心境を聞いてみると、安藤は「とにかく楽しもうと思った」とにっこり。「その日を迎えるまでが、めちゃくちゃ大変だったんです!脚本を作りあげるまでもそうだし、ロケ地や衣装についても、たくさんセッションをしてきた。思うように伝わらないことや、ぶつかり合うことだってあったし、急な変更も生じたりと、いろいろありました」となにが起きるかわからないのが映画制作の過程。

だからこそ「撮影の5日間を楽しまなかったら、これまでやってきたことがすべてムダになってしまう。そんなことをするわけにはいかない」と意を決し、「それに監督の僕が腐ってしまったら終わりだから。当日の朝は、なんだかすごくシンプルな考えになっていたような気がします。声をかけてくれた孝之のためにも、楽しもうと思った」と話す。


■「チェン・カイコー、ツァイ・ミンリャン、北野武…いろいろな監督のエッセンスがある」

これまでたくさんの映画監督と時間をともにしてきた経験は、安藤の監督業へのチャレンジにおいても大きな力となった。

安藤は「僕はいろいろな監督からエッセンスをもらっているから。チェン・カイコーにも演出を受けて、ツァイ・ミンリャンの世界の見え方にも触れていたり、(北野)武さんの役者との接し方も見てきた。相米(慎二)さんには、何度もNGをもらって(『ポッキー坂恋物語 かわいいひと』で)ものすごい数のポッキーを食べたりもして(笑)。本当にいろいろな監督がいる」と名匠との日々を回想しながら、「今回思ったのは、僕の『役者の芝居を見たくて見たくて、仕方ない!』という姿勢は、矢崎仁司さんに似ているのかもしれないと思って。矢崎さんって、近くで役者の芝居が見たくなっちゃって、自分の被っている帽子がカメラに映り込んでしまうことがあるんです(笑)。『監督!』ってみんなに突っ込まれるんだけど、でもそれって役者に対する愛だよね。そんな姿を見ると、こっちもものすごくうれしくなっちゃう」と楽しそうに話す。

本作の現場では、安藤も「僕も、孝之と葵の芝居を見ていて『うおー!』って興奮して拳をあげちゃったことがあって(笑)」と矢崎監督と同じように役者への愛情を爆発させてしまったこともあるのだとか。「監督って指揮者みたいなものですよね。感情の持って行き方を葵と話し合って、その結果、葵がいい音を出してくれたら、やっぱり『うおー!』となるし。孝之は本当にプロフェッショナルだから、葵をベッドに押し倒すシーンでもすべてを把握したうえで動いてくれた。感謝しかない」と熱弁し、「2人の芝居を永遠に見ていたかったし、やっぱり役者ってすごいなと思った。監督としても役者を愛したいし、役者としても共演者を愛して、ものづくりをしていきたいと思った」と愛情をあふれさせる。

■「武さんが『これから、安藤くん自身でよく考えてやっていかないとな』と言ってくれた」

「きちんと人と向き合って、いろいろな人をリスペクトしながら、ものづくりをしたい。いい加減なことはしたくない」と、何事にもまっすぐにぶつかるのが安藤流。北野監督による青春映画の傑作『キッズ・リターン』でスクリーンデビューしてから25年を迎えたが、これまでの道のりを振り返り「役者、表現者として大切なことは、最初に武さんがすべて教えてくれていた」と告白する。

「『キッズ・リターン』でボクシングのシーンを撮っている時に、控室でボーッとしていたら武さんが入ってきて。『絶対に安藤くんは売れると思う。だから、これから安藤くん自身でよく考えてやっていかないとな』と言われたんです。漫才ブームのころの話もしてくれて『突然お金を稼げるようになって、ちょっと感覚がおかしくなるようだった。俺はこれじゃダメだ、今後どうしたらいいか考えなきゃいけないと思った。だからいまがあるんだ』と話してくれました」。

続けて「僕はまだ新人で、当時はそれがどういうことかよくわかっていなかった。でもいろいろと経験していくと、『環境が変わっていったとしても、そこでどうするかを自分でよく考えなくてはいけない』という武さんの言葉が(役者人生に対する)すべての答えだったんだなと思うんです。そう言われて1年後くらいに、ある映画祭で武さんにお会いして『どうだ?』と聞かれた時には、『自分なりに考えて、お金をガンガン稼ぐスターというよりも、映画をきちんとやっていきたいと思っています』と答えました。武さんの言葉をずっと考え続けたから、浮かれることなく、ここまで役者として歩んでこられたんだと思う」と地に足をつけて進むことを教わった。

「しょっちゅう武さんのところに遊びに行っていて」と北野作品の撮影終了後も北野監督を慕い続けたそうで、「武さんは『撮られる側としては、“撮りたい”思われる被写体になることが大事。一方、撮る側は被写体を大切に撮るものなんだ』という話もしてくださった。最初から武さんのようなすごい人と出会っていたから、役者、表現者として大切なことがわかった」と北野監督からの言葉が役者人生の指針になっているという。

終始ものづくりへの愛をあふれさせ、安藤の口からは次々と熱い言葉が飛びだす。監督業を始めたからには「これからも絶対にやってやるという気持ちでいます」と迷いなく語る。「クリエイティブに対して真摯でありたいし、役者としても写真家としても映画監督としても、誰かの記憶のなかに入り込むようなものを作っていきたいです」とさらなる意欲をみなぎらせていた。

取材・文/成田おり枝