韓国で、多くの映画ファンが待ちわびた一本の映画が公開中だ。『エクストリーム・ジョブ』(19)などのイ・ビョンホン監督による『ドリーム』だ。同日公開された『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(公開中)を僅差で破り、韓国映画では50日ぶりに興行収入1位を獲得した。

サッカー選手生活で最悪の危機に直面していたホンデ(パク・ソジュン)は、行きがかりでホームレス・サッカーワールドカップの監督に就任した。しかし、メンバーはスポーツ経験の無い素人の寄せ集めだった。ホンデは四苦八苦するも、彼らに興味を持つTVプロデューサーのソミン(IU)も巻き込みながら、優勝という前代未聞の偉業へ挑んでいく。

ホームレス・ワールドカップとは、2003年から全世界で毎年開催されているホームレスのサッカー大会だ。イ・ビョンホン監督によれば、本作も2010年のブラジル大会に初出場した実話がヒントになっている。オンリーワンのコメディ映画の名手イ・ビョンホン監督が手掛け、さらにパク・ソジュンとIUが初共演。どんな映画に仕上がっているのか、観客の期待値は最高潮に達していることだろう。韓国はもちろん日本公開を待ちわびる方々に、今回は本作の魅力をご紹介したい。

■千万人興行のヒットメーカー、イ・ビョンホン監督の真骨頂!ユーモアが炸裂するセリフの数々

イ・ビョンホン監督作品の最大の魅力は、小気味よく繰り広げられる会話と、短くも観客の心を捉えて共感を誘うセリフだ。うだつの上がらない麻薬捜査班が張り込みのため開店したチキン屋が図らずも大繁盛する『エクストリーム・ジョブ』では、客からの電話に「いままでこんな味はなかった。これはカルビか?チキンか?」と切り出して注文を受けるシーンが笑いを誘い、流行語にもなった。

『ドリーム』では、遊び心満点の名セリフがさらにアップデートした。 ホンデとソミンの心理戦で繰り出される言葉の応酬や、足よりも弁が立つ急ごしらえのホームレス・サッカーの面々がまくし立てるセリフは破壊力満点だ。 本作で初めてイ・ビョンホン組に参加したパク·ソジュンは「イ・ビョンホン監督というジャンルがあるようだ。 独特なセリフのトーンとスピード感についていくためかなり努力した」と振り返る。IUもまた「現実感の強いソミンの言葉遣いとリズム感が感じられる長セリフを完璧に身につけるのが最も難しかった。 でもそれこそが、イ・ビョンホン監督と撮影している実感が沸く瞬間だった」と伝えた。

スポーツ映画である今作では、セリフの精度だけでなく試合の演出にもひときわ心血を注いだ。グラウンド上の激しい動きを捉えるため、事前リハーサルとカメラテストで完成度を極限まで引き上げた。さらに映画のハイライトであるホームレス・サッカーワールドカップを再現するため、製作陣と俳優は約1ヵ月間に渡りブダペストでの撮影を敢行。固く結束した俳優たちは、劇中でだんだんと一つになっていくホームレス・サッカーチームのように抜群のハーモニーを見せる。

イ・ビョンホン監督はホームレスという疎外された階層についての本作を、喜劇だけでは書けなかったと語っている。実はホームレス・ワールドカップは、一生に一度しか参加できない。生涯でたった一度のチャンスのために渾身の力を尽くす俳優たちの熱演は、笑いだけでなく心揺さぶる感動もくれる。

■4年ぶりにスクリーンへカムバック!パク・ソジュンが新たなキャラクターで再び旋風を巻き起こす

「梨泰院クラス」の大成功の立役者として韓国ドラマを世界的なステージに押し上げたパク・ソジュン。『ディヴァイン・フューリー/使者』(19)から数えて4年ぶりのスクリーン復帰作となる。

ホンデは予想外の事件で懲戒処分を受け、選手生命維持のためにホームレスたちのサッカーをサポートする。“才能寄付”として自身のスキルを無償で社会に提供する、ボランティア的仕事だ。いまいち気乗りもしない上、メンバーたちは素人で協調性もない。初めは辟易していたホンデだが、次第にワンチームとして心を一つにしていく。非常識で気難しいようでも芯に優しさがあり、明るく振る舞いつつも心に弱さを抱える複雑な人間像を、持ち前の演技力で存分に表現した。

パク・ソジュンは元々芸能人野球チームに所属するなどスポーツマンだ。サッカー選手としてのリアリティを出すために専門的なレッスンを受け、バルクアップをして臨んだのはもちろんだが、独特のリズム感と味わいを持つセリフとストーリーラインを、俳優的反射神経で完璧にこなした。イ・ビョンホン監督は「パク・ソジュンをキャスティングできたと同時に映画が完成した」と当初から絶大な信頼を寄せていたが、実際に映画を共にしてさらに彼のセンスに脱帽した。IUからも「撮影が終わるまで波がなくテンションを維持する集中力と、どんなディレクションにも応える瞬発力が印象的だった」と明かす。今最もホットな俳優の一人であるパク・ソジュンの、新しい一面が垣間見えそうだ。

■今回はTVプロデューサー役!これまでとは違う新鮮な魅力を放つIU

ドラマ「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」などですでに演技力は証明済だったIUは、初めてのスクリーンデビュー作となる『ベイビー・ブローカー』(22)で未婚の母を演じ、カンヌ国際映画祭で世界的な視線を集めて俳優としてステップアップした。そんな彼女が、『ドリーム』でユニークな姿を見せる。

テレビプロデューサーのソミンは、常に笑顔を振りまく社交性のある女性だ。一方、研修社員などに情熱を試すとの理由で劣悪な処遇をする“才能ペイ”、いわば“やり甲斐搾取”で情熱も貯金も底をついてしまい崖っぷちでもある。ホームレス・フットボールワールドカップの国家代表を知った彼女は、彼らの無謀なチャレンジを追うドキュメンタリーをなんとか完成させようと躍起となる。

現実主義的なキャラクターであるソミン役を演じたIUは、弾むような表現力でキャラクターと見事にシンクロした。 プロデューサー役のため、カメラの握り方など基礎から新しく学ぶなどディテールにこだわったのはもちろん、リズミカルなセリフと演技をマスターするために努力を重ねたことで、IUだけができる唯一無二なキャラクターが立ち現れた。 初共演となるパク・ソジュンは「キャラクターと作品についてたくさん研究を重ねる俳優だ。 最初から最後まで会話の調子がよく、楽しく撮影できた」と称賛を惜しまない。

ホンデとソミンはいつも熱い舌戦を繰り広げるが、セリフの端々にはむしろ仲の良さがにじむ。パク・ソジュンが「IUさんの余裕、柔軟さ、努力を感じるとともに、すばらしいシーンが出来ると信頼していた」とリスペクトを示すと、IUも「パク・ソジュンさんとは初対面からぎこちなさがなく、アンサンブルがとても良かった」と語る。イ・ビョンホン監督のエッセンスを確実に吸収した2人の才能が、本作をより見ごたえある作品にしている。

それぞれの理由で夢から遠ざかってしまった全員が心を一つにし、不可能に立ち向かおうとする『ドリーム』。トップクリエイターと選りすぐりの俳優たちによる熱いシナジーがみなぎる本作が、劇場を活気づけている。

文/荒井 南