1973年から全66回が放映され、いまも熱狂的なファンのいるテレビアニメ「ゼロテスター」(73〜74)が、放送開始50周年を記念し、Amazon Prime Video チャンネル「スターチャンネルEX」にて、現在HDリマスター版で第39話まで配信中だ。制作陣に高橋良輔、富野由悠季(当時は富野喜幸名義)、安彦良和ら、後にテレビアニメ「機動戦士ガンダム」(79〜80)や「装甲騎兵ボトムズ」(83〜84)を生むクリエイターが集結し、日本を代表するSF集団、クリスタルアートスタジオ(現・スタジオぬえ)が設定やメカデザインを手掛けた本作で、ヒロインであるリサの声を演じた麻上洋子(現在は講談師・一龍斎春水としても活躍)にこの度インタビューを敢行。アニメ声優を目指し、ショウビズ界に入った彼女は、本作でキャリアの足がかりを作り、大きく羽ばたくことになった。今回の初配信にて改めてHDリマスター版で観ているという一龍斎に、「ゼロテスター」の舞台裏や、当時の声優界について聞いた。
■「画がきれいで、主題歌もすてきだし、改めて新作を観ているような気分です」
初放送から50年を経て、久しぶりに「ゼロテスター」と再会した一龍斎は、まずそのビジュアルに驚いたという。「まず画がきれい(笑)。『ゼロチャージ!』の掛け声で3機が合体する場面やメカデザインもかっこいいですよね。子門真人さんの主題歌もすてきだし、改めて新作を観ているような気分です」と語る。
一龍斎が演じたのが、ヒロインであるリサ。主人公チームが乗る合体マシン、テスター1号機、マークⅢのパイロットだ。「観返したら思っていたよりサバサバしてる子で、だからすっと戦いに出ていけたりしたのかな。同じチームの吹雪(声:神谷明)や荒石(声:中尾隆聖、当時は竹尾智晴名義)よりテスター隊の先輩でしょう。(私が声を担当したテレビアニメ)『宇宙戦艦ヤマト』の森雪も古代君(声:富山敬)より先にヤマトにいたんですよ。リサも森雪も、2人ともレーダーの前にいるし、私ってそういうポジションなのかなって(笑)。ちょっと驚いたのは、吹雪や荒石との関係。両方とデートなんかしちゃってるけども、サラッとしていてなんか軽いような。恋愛感情があったりしたのかな?と考えちゃいました」。
■「最初の収録現場では、新人の私は『どうすればいいの!』みたいな(笑)」
「ゼロテスター」は一龍斎にとってキャリアの転機となった作品。それまでは“女A”など名前のない役を体験的に演じたことしかなかったという。リサ役に起用された決め手について「当時は20歳になるころだったので、素のまま演じればいいからだったと思います」と振り返る。役作りは収録当日、現場で行ったのだという。「画を観て本を読んでつかむんです。当時、台本はスタジオで渡されるものだったので、『おはようございます』とスタジオ入りして台本を受け取り、内容をチェックしてリハーサル、そして本番とすごい作業でした。だから新人の私は『どうすればいいの!』みたいな(笑)。録音監督の佐藤敏夫さんは苦労したと思います。佐藤さんは『(麻上)洋子ちゃん、このシーンでリサはこういう気持ちだから、セリフはこんな感じで』と本当にひざ詰めで一生懸命指導してくださって。最初のころは4時間くらい話し込んだと思います」。
彼女をリサ役にキャスティングしたのも佐藤ディレクターだった。「私はアニメの声優になろうと思っていましたが、当時はまだ声優の養成所はなかったんです。高校を卒業した年の秋に、黒沢良さんが若手を育てようと日本で初めて声優の養成所『黒沢良アテレコ教室』を作られたので、その1期生にしていただいたんです」。2年間の養成期間を終えてもすぐに仕事がないため、彼女たち塾生は黒沢良事務所の預かりとなり、仕事が入ると指定された日にスタジオに向かう日々だったという。「養成所には講師で演出家の方も来られていて、その1人が佐藤さんでした。それで『ゼロテスター』のオーディションがあると声をかけていただいたんです」。
黒沢良アテレコ教室はおもに海外ドラマの吹替えを教えていたので、アニメ独特の収録にも苦労したという。「吹替えの場合は俳優さんのセリフがあるので、最悪その声や演技に合わせればいいんです。アニメの場合は未完成の映像を観るしかありません。まず最初に通しで画を観てテストをし、もう一度ラストテストをして本番。それも1話の前半、後半それぞれ15分ずついっきに録るんです。ダメだったところだけ後で録り直しする形ですね」と当時の状況を語ってくれた。
■「私はとちってばかりでしたが、神谷明さんたちみんなから頑張れオーラをいっぱいいただきました」
「ゼロテスター」には「北斗の拳」(84〜87)のケンシロウ役の神谷明、「ドラゴンボールZ」(89〜96)のフリーザ役の中尾隆聖、テレビ朝日版「ドラえもん」(79〜05)ののび太役の小原乃梨子、吹替界のレジェンドの広川太一郎ほか、そうそうたるメンバーがレギュラーで出演していた。現場では、チームメートを演じた吹雪役の神谷、荒石役の中尾の両氏から助けられたという。「最初のころはどうやってタイミングを取ればいいのか、画面にどう合わせるのかもわからなくて。しかも画はほとんどできていないんです(笑)。キャラクターの顔の線画があるだけで、顔が映っていない時はさっぱりでした。3人で喋っている時は神谷さんの次、中尾さんの次みたいに付いていき、私だけで喋る時は神谷さんがポンって背中を叩いてくださったんです」。彼らのチームワークを高めたのが佐藤ディレクターだった。「私たちが仲良くできる環境を作ってくださったんです。佐藤さんは広川さんとすごく仲が良かったので、スタジオでは(剣持キャプテン役の)広川さんがリーダー的な存在になってくれました。私はとちってばかりでしたが、神谷さんたちみんなから頑張れオーラをいっぱいいただきました」と「ゼロテスター」の物語と同様、仲間たちと乗り切った現場を振り返った。
「ゼロテスター」の放映当時、アニメは子どもが観るものという位置づけで、アニメ作品の放映本数も少なかった。そのためほかの仕事がブッキングすることもまれで、みんなで遊びに行く余裕もあったという。「仲もよかったのでみんなでスキーに行ったり、軽井沢の別荘に遊びに行ったりしてました。『宇宙戦艦ヤマト』の時はスタジオが渋谷寄りの青山にあったので、収録が終わるといつも(沖田艦長役の)納谷悟朗さんを先頭に渋谷で飲み会でしたね(笑)」。ただし「私はしぶしぶ付いていく感じ」だったそう。「だってそこで始まるのが、私へのお説教(笑)。ちゃんと芝居を学べってことです。売れる声を作るためには、努力をしなきゃダメだって」。遊びだけでなくプロとしての厳しさも多くの先輩から学んだという。「私が声優を始めたころ、周りはベテランの役者さんばかり。スタッフの方も『こういうふうに演じて』という指示はなく、まずは声優さんのお芝居を尊重するんです。だから私も野沢雅子さんの声の出し方や、キャラに合わせた声の変え方を自分なりにインプットしてみたりしました」。
■「雪はリサより柔らかく、少し色っぽい感じで演じていました」
「ゼロテスター」を終えたあと、多くの作品に参加した一龍斎は、人気と実力共にアニメ界を代表する声優になっていく。そのキャリアを通し、特に印象に残る役を振り返ってもらった。「リサは初めてのレギュラーで、メインをやらせていただいた大切な作品です。今回、改めて観返すまで『きっと下手だろうな』とドキドキでしたが、まあ合格かな(笑)。いま、『宇宙戦艦ヤマト』も観返していますが、雪はリサより柔らかく、少し色っぽい感じで演じていました。『銀河鉄道999 ガラスのクレア』の時には、雪と同じにならないように意識したのを覚えています。『名探偵ホームズ』のハドソン夫人はちょっとシックにしたり、いろんな役を演じるうちに似たキャラクターでも個性を出せるようになったんです。いろんなアニメに育てていただきました」と言い、それまでになかった役として「ポールのミラクル大作戦」の妖精パックンも印象深い役だと教えてくれた。「どういう声が合うのかすごく考えて、あの声にしたんです。これでいいのか不安もありましたが、アフレコを観に来てくださったタツノコプロの方たちに『役に合う演技を作ってくださってありがとうございます』と言っていただけてすごくうれしかったですね」。
いまや声優は多くのファンを持つスターだが、初めて声優にスポットが当たったのは1970年代中盤以降のことだった。声優を取り巻く状況の変化に戸惑ったこともあったという。「私が入ったころは、キャラクターのイメージを優先するため声優は表に出ないものだったんです。あくまでも影の人で、私も出ないのが楽だわと思っていたし(笑)。でも『宇宙戦艦ヤマト』のころから変わり始めて、『イベントに出なくちゃいけないの?』『私がサイン書くの!? 』って。やたら写真を撮られるようになり、変な所から撮ってほしくないな、みたいな(笑)。ちょうど狭間を生きてきた感じですね」。
■「リサは仲間に頼る子じゃないんです。私自身もそういう部分は通じますね」
Amazon Prime Video チャンネル「スターチャンネルEX」での配信にあたり、改めて「ゼロテスター」を観返して感じたのは、思った以上にストーリーがしっかりした作品だということ。「起きる事件が毎回違っているし、1話のなかで起承転結もしっかりしています。いま私がやっている講談は、1席もだいたい30分。自分で新作も作るんですが、起承転結を入れながらどこをどうつまんで30分にまとめるか勉強になりますね」と作り手の視点からも高く評価。科学的な要素を入れながら、子どもにわかりやすく作っている点もすごいという。「うちの旦那と観ていたら、『宇宙戦艦ヤマト』は難しいけど『ゼロテスター』はわかりやすいって(笑)。そりゃあ、『宇宙戦艦ヤマト』は宇宙飛行士になったり、IT分野で活躍してる人たちが子どものころに夢中になったんですからね(笑)」。
当時テスター隊の紅一点で熱い闘志を持つリサを演じて違和感がなかったそうだが、性格的に自分に似ていたのがその理由だったようだ。「リサは仲間に頼る子じゃないんです。従うのは剣持キャプテンで、吹雪と荒石とはあくまで同僚。私自身やりたい道を進んできたし、『どうしてここで男女差別するの?』と思いながら生きてきたので、そういう部分は通じますね。いま思えば、もうちょっと気配りしたり、先輩をたてたりすれば良かったかなと思うところもありますけど」と笑う。その裏には、アニメの声優の立場が低く見られる風潮もあった。「アニメの声優は下手な役者がやるものとか、マンガだから画にあてればいいとか差別的に見られていた時代がありました。でもたくさんの人を楽しませているし、夢をもらった人もいるんです。ずっと好きで、ここに来た私が一番わかってる、そんな想いもありました」。
■「懐かしがって観てくれたらうれしいですし、その子どもたちが一緒に観てくれたらいいですね」
初めての配信にあたり、X(旧twitter)で「ゼロテスター」のことをつぶやくと大きな反響が返ってきた。「当時おもちゃを買ってもらったとか、主題歌が好きとか、メカがよかったとか。絵を描いて送ってくれた人もいたんです。そんな人たちが懐かしがって観てくれたらうれしいですし、その子どもたちが一緒に観てくれたらいいですね。いまの子たちはどう感じるか感想が聞きたいですね」という一龍斎。いまでもアニメが大好きで、最近は「鬼滅の刃」(19〜)や「SPY×FAMILY」(22〜)がお気に入りという彼女は、いまも「ゼロテスター」がファンに愛されている理由を、作り手のこだわりにもあると考える。「テンポは少しゆっくりだけどすごくわかりやすいし、丁寧に作られていると思います。『宇宙戦艦ヤマト』に決まった時、制作チームの方に『こっちは『ゼロテスター』よりもっとすごいからね!』と言われ、『そうなんですね』と返しましたが、みんなライバル意識あるんだと思って(笑)。皆さんが手を抜かず凝ったアニメにしてくださったからこそ、こうして残っているんだと思います」。
往年のファンを熱狂させたシリーズ最新作『劇場版シティーハンター 天使の涙(エンジェルダスト)』(23)では、続投ではまり役とされる敏腕刑事、野上冴子の声を担当した一龍斎。シティーハンターこと冴羽獠の声をあてた神谷明と相変わらずのテンポいい掛け合いを披露した。「ゼロテスター」での2人の掛け合いと聴き比べるのも一興だ。
取材・文/神武団四郎
※高橋良輔の「高」は「はしごだか」が正式表記
SFアニメの金字塔「ゼロテスター」から声優人生がスタート!一龍斎春水が語る神谷明や広川太一郎らレジェンドへの感謝とアニメ愛
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