突然失踪した幼い娘の帰りを待ち望みながら、事件をめぐるマスコミと世間の声に翻弄され苦しむ家族を、時には目を覆いたくなるような生々しさで描いた映画『ミッシング』(公開中)。母親の沙織里役は、出産を経て母となった石原さとみが、復帰作として1年9か月ぶりの芝居で挑んだ意欲作だ。彼女が並々ならぬ想いで出演を直談判したというのが『空白』(21)や『神は見返りを求める』(22)などを手掛けた“人間描写の鬼”吉田恵輔監督。初対面の際に「石原さとみを壊したいんです」と口にした石原に対し「一番いい壊し方ができた」と返す吉田監督による対談をお届けする。

■「なにもうまくいかない、非情で現実的なところが吉田監督作品の魅力」(石原)

――石原さんが初めて観た吉田監督の作品は2010年公開の『さんかく』だったそうですけど、最初どういうきっかけで観たんですか?

石原「レンタルショップで借りました。おもしろそうだなと思って」

――誰かから作品の評判を聞いてとかではなく?

石原「はい」

吉田「そもそも石原さとみがレンタルショップとか行くんだ(笑)」

石原「行きますよ(笑)」

――純粋に観客的な視点からおもしろい作品を探してる感じですか? それとも、役者の仕事をしている立場からのリサーチ的な意味もあるんですか?

石原「『さんかく』に関しては、自分の今後のキャリアのことを考えていろいろ作品を観てた時に嗅覚が働いた感じでしたね。それで、そのあとに『ヒメアノ〜ル』を観て、『犬猿』を観て、どんどん吉田監督の作品のファンになっていって。『犬猿』のころには、公開時に映画館へ観に行ってました」

――『ヒメアノ〜ル』(16)はちょっと毛色が違う作品でしたが、そのころまでの吉田監督の作品ってコメディの要素が強かったじゃないですか。前々作『空白』と今作『ミッシング』もクスッと笑えるようなシーンもあるにはあるんですけど――。

吉田「笑っちゃいけない感じ(笑)」

――そう。だから、石原さんも当初は吉田監督=コメディ映画作家みたいな見方をされていたと思うんですけど、今回の脚本をもらって「え?私がやるのはコメディのほうじゃなくてシリアスなほうなの?」みたいな気持ちになったのかなって。

石原「いや、それはなかったです。逆にシリアスなほうでよかったと思って」

――あ、そうなんですか。

石原「最近の吉田監督作品だと『神は見返りを求める』も大好きなんですよ。でも多分、私にはあの役(主人公を翻弄するYouTuberの役)はできないなって観た時に思って」

――どうしてそう思ったんですか?

石原「あの役をやるには、自分の技量ではまだ足りない気がして。今回の『ミッシング』はもっとシリアスな方向に振り切った作品だったから、私のことを呼んでいただけたんじゃないかなって」

――もちろんコメディ作品とシリアス作品にはっきり分かれているというわけではないですが、石原さんから観た、その双方に共通する吉田監督作品の魅力というと?

石原「現実的なところです。なにもうまくいかない。それが現実的ってことだと思います」

――核心をついてきますね。

石原「あと、とても非情な部分もある。そこも現実的」

吉田「自分の中では常にいい作品、結構感動できる作品を作ってるつもりなんだけど、毎回レビューを見ると“今回もまた胸クソ映画”みたいな(笑)」

――決して胸クソ作品ではないですよね。そういうキャラクターはたまに出てはきますが(笑)。

吉田「だけど、“胸クソ映画”ってキーワードがすごい多いの、俺の映画。もはやいじられてるんだろうけど、今回の『ミッシング』も絶対書かれると思う。かなり公開館数広げてるけど、大丈夫なの?っていう(笑)」

――石原さんがおっしゃる「なにもうまくいかない」というのは、確かに吉田監督の作品の特徴ではありますが、石原さん自身のパブリックイメージは「なにもうまくいかない」人とは正反対にあるように思います。役を演じるのにはある種の共感も必要になってくると思うんですけど、そこからどうやってこの主人公に共感を引き出していったのでしょうか?

石原「私もなにもうまくいかないことはあったので、共感はできました。ただ、私はうまくいってなかったとしても、そのことにも意味があるんじゃないかと捉えるみたいな、かなりポジティブな考え方をして生きてきたので、そこは正反対かもしれません。それと、確かに自分の周りにいる友達とかは、吉田監督の作品にはあまり出てこないタイプの、明るくて、自分の力で夢を掴んでるような人が多いかもしれない」

――なるほど。

石原「でも、自分が普段過ごしている環境から離れているからこそ、吉田監督の作品の世界に行ってみたかったんです。放っておいたら絶対に私のところには話が来ないと思っていたので、こっちからアプローチするしかないと思って」

吉田「衣装合わせの日からギアが入ってましたからね」

石原「入ってました?」

吉田「肩を振り回しすぎて、脱臼して現場に現れたような感じだった(笑)。右の眉毛があと1ミリ短いほうがいいかどうかって真剣に悩んでいたり。普段、役者はそこまで考えないというか」

石原「そうなんだ!」

吉田「衣装合わせの日から、右の眉毛が1ミリ短いか長いかだけで5分間くらい話し込んで。この温度でいくと、あと100倍くらい悩むポイントがあるぞって(笑)。でも、それも想定内だったというか、最初からこの作品にどハマりする匂いしかしなかった」

■「嫌なプレッシャーを感じたりしたら、本当の意味で役者になったってこと」(吉田)
――撮影時期でいうと今回の『ミッシング』が石原さんにとって休業明け1作目の作品となったわけですけど、休業中に「やっぱり私は演じることが好きなんだな」みたいな思いが募ったりしていたのでしょうか?

石原「好きかどうかみたいな感覚ではなくて、休業前にはもう脚本をいただいていたので、この役をやらなきゃいけないんだっていう不安や恐怖のほうが大きかったです。ただ、これまでは仕事のことを考えてほかの作品を観ることが多かったんですけど、休業中はただの観客として映画を観ることができて、それはとても良かったです。妊娠中は自宅でよく映画を観ていて、そこで『ああ、映画っておもしろいな』と映画にのめり込むって体験が初めてわかったというか。最近は映画の雑誌を読んだり、ネットで映画評を読んだりするのも楽しくて(笑)」

――今回の『ミッシング』を観終えた瞬間に本音として思ったのは、吉田監督作品や石原さとみさんの出演作をこれまでずっと観てきた立場からも、膨れ上がった期待に完璧に応えてくれるすばらしい作品だったんですけど、なんというか…ちょっと心のバランス的に、せめてもう1作、今度はもうちょっと幸せそうな主人公の作品を観てみたいなっていう(笑)。

石原「やりたいやりたいやりたい!」

吉田「じゃあ、今度はリアルな石原さとみに寄せて港区を舞台に?(笑)」

石原「いいですね! すごく現実的なやつをやりたい(笑)」

――(笑)。吉田監督が石原さんともしやり残したことがあるとするなら、どういう作品でしょう?

吉田「正直なことを言うと、今回はかなりやり切れたと思っていて。最初に会った時、石原さんは『変わりたいんです』『石原さとみを壊したいんです』って言っていて、そういう意味では一番いい壊し方ができたなと思ってる。だから、それをさらに壊すってなると、多分、もっと歳を取ってからなのかもしれない」

――それだけ達成感があるってことですね。

吉田「達成感はあります。だから、もっと歳を取って、10年後とかに…」

石原「10年!?先すぎないですか!?」

吉田「でも、その役者さんの普段のいいところを撮るって、結構難しいんですよ。一度そういういじり方をしちゃうと、次の作品が難しくなっちゃうし、そもそも本来持ってるキャラクターをさらにパワーアップさせるのって、どこかに無理が生じる」

――なるほど。

吉田「今回の『ミッシング』もね、石原さんつらいシーンが多くて結構きつかったと思うんだけど、例えば終盤にある、セリフはないけど光の中にいるだけの画のシーンとか『うん、やっぱり石原さとみって綺麗なんだな』って思って。そういう意味では、普通の作品だと撮りやすいんですよ。画にならならないところも画になっちゃうから。だから、それ以外のシーンはなるべく画にならないように、なるべく綺麗にならないように撮ろうと頑張ったけど、そうすると、綺麗でもいいシーンの時は、もう手に負えないくらい美しくなっちゃうの」

――でも、石原さん的にはもうすぐにでもまた?

石原「来年とかどうですか? いや、本当に今作での経験って、私にとってはすごく宝物なんですよ。この作品で得た学びが。だから、早くこの宝物の箱をまた開けたいんです。でも、それは10年後か…と思って(笑)。その10年以内に、違う監督に開けてもらうことができるんだろうかという不安が、いまはすごくあります」

吉田「まあ、もしそれで開かなかったら、またいろんなものが溜まったその10年間で、マグマみたいものが溜まってくるんだよ。そしたらそれをまた壊す甲斐があるし、逆にまったく違う解放のされ方をして『あれ?石原さとみさん、いまはこういうふうな見られ方してるな?』ってなっていたら、それをまた壊してあげたいなってその時は思うだろうし。『ミッシング』が公開されたら、きっとこれまでとは違うふうに見られるだろうから、ここからの数年がとても楽しみですね」

石原「そんなことを言われると、プレッシャーが」

吉田「でもさ、それが役者になるってことなんじゃないかな。時には嫌なプレッシャーを感じることもあるし、昔はもっと楽だったのにって愚痴を言ったりすることもあるかもしれないけど、それでようやく本当の意味で役者になったってことだとは思うから。そういう変化を遂げていくっていうこと自体、したくてもみんなができることではないわけだから。今後はそういうプレッシャーみたいなのものも楽しんだほうがいいですよ」

石原「いや、吉田監督には責任をとってほしいです。これからの私の10年の(笑)」

取材・文/宇野維正

※吉田恵輔監督の「吉」は「つちよし」が正式表記