『シックス・センス』(99)、『ヴィジット』(15)、『オールド』(21)など、長年にわたって世界中の観客に衝撃を与えつづける“マスター・オブ・サプライズ”ことM.ナイト・シャマラン監督。映画公開前はもちろん、公開後も観客にネタバレ禁止を呼びかけるほどの徹底した“秘密主義”で知られるシャマランの精神は、彼の愛娘であるイシャナ・ナイト・シャマランにもしっかりと受け継がれているようだ。

■「常に人に監視されていると感じるのは、現代では誰もが抱える恐怖だと思います」

「あまり多くを語ることはできませんが、私は“映画の世界”と、“映画とはなにか”というもっと大きなソーシャルスペースの両方で人々の期待感をあおることに興味があります」。そう語るイシャナが長編映画監督デビューを飾る『ザ・ウォッチャーズ』(6月21日公開)は、ガラス張りの部屋で“謎のなにか”に監視される者たちを描くリアリティー・ホラーであるということ以外、まだ多くのことがベールに包まれている。

ダコタ・ファニングが演じる28歳の孤独なアーティストのミナは、届け物をするために車を走らせ、不穏な空気がただよう森へと彷徨いこんでしまう。まもなく陽が落ちそうな深い森で、ただならぬ気配を感じた彼女は、声に導かれて森のなかに佇む一軒の建物に逃げ込む。そこで彼女を待っていたのは、ガラス張りの部屋と見知らぬ3人の男女。そして彼らは、3つのルールを守りながら、毎晩やってくる“監視者”の恐怖に苛まれることになるのだ。

「常に人に監視されている、評価されていると感じるのは、現代では一般的な感覚だと思います。同時にそれは、私にとってとても怖いことでもあります」と、イシャナは本作の主題である、“見られる”や“監視”というキーワードがSNS社会に通じていることだと明かす。「映画を作りながら、私はその恐怖をより強く感じることになりました。なので潜在意識的な感覚として、それを映画のなかに落とし込むことにしました」。

主人公であるミナをはじめ、ガラス張りの部屋に閉じ込められる4人の男女は世代も境遇もバラバラであり、それぞれに異なった問題を抱えている。彼らを通して観客に伝えたいメッセージやテーマについては「初見時の興を削がないように控えておきます」としたうえで、「彼らはある意味でどこか似ていると、観客の皆さんが理解してくれることを願っています。私にとってはとても典型的であり、私自身の様々な部分を4人に分けて表しているのです」と説明する。

■「ダコタ・ファニングと一緒に過ごすことで、ミナが作られていった」

とりわけイシャナが自己を投影した登場人物は、やはり主人公のミナだという。「脚本を執筆している時には、私の分身であったことは間違いありません。罪悪感を感じたり、人とどう接したらいいのかわからない感情。自分が誰であり、この世界のどこにいるべきなのかという怒りや混乱がすべて、ミナに注ぎ込まれています。ですが、自分自身のカタルシスとして映画を使うことは正しいやり方ではありません。準備をしているうちに、自分を少し引き離さなければならないと気付きました」。

そのミナ役にファニングを配したのは、イシャナの希望によるものだった。「ミナのように説明の難しいエッセンスを持ち合わせた人を探していました。私は子どもの頃からずっと、ダコタがいろいろな作品に出演しているのを見ていますが、彼女は別世界の住人のようでいて、かつとても現代的な資質も備わっている。そして何年もこの業界で経験を積んできた彼女はどんな演技も自然体でやってのける。幸運なことに、彼女はこのプロジェクトにとても興味を持ってくれました」。

そしてイシャナとファニングは映画について、ミナという人物のキャラクターについて、そしてお互いのことについてじっくりと話し合いを重ねていったという。「ダコタと一緒の時間を過ごし、彼女をすばらしい人物だと思ったことから、ミナ像が作られていきました。脚本のなかのミナは私自身の要素を持って生まれましたが、ダコタが演じてくれたことで独立した自我を持ったキャラクターになっていったのです」。

現在24歳のイシャナ。父の作品で第二班監督を務め、父が製作総指揮を務めたApple TV+シリーズ「サーヴァント ターナー家の子守」で脚本と監督を手掛けた彼女は、多くのクリエイターや映画から影響を受けたと明かす。そこには父の存在も含まれているが、クシシュトフ・キェシロフスキやジョン・カサヴェテス、エリア・カザン、さらには小津安二郎や新藤兼人、そして宮崎駿と、本作のようなホラージャンルとはかけ離れた意外な監督たちの名前が次々とあげられていく。

「私はホラー的な空間が大好きで、もっともエキサイティングに感じます。ですが、やるからにはそのジャンルを破ることに常に興味があります。いつも違う要素を取り入れていくことに興味があり、さまざまな要素を同じ世界のなかに持ち込むことで新鮮なものを生みだすことができる。この映画でもホラージャンルに対する観客の期待と“お決まりごと”を利用して、皆さんが思っていることを完全に覆したいと思っています」と、父の作品を超える“サプライズ”を観客に与えることを誓った。

文/久保田 和馬