「悔しい、悔しいばかり」80年前防空壕掘る作業で落盤事故で12人死亡 記憶と平和語り継ぐ84歳の女性
MRO北陸放送6/16(月)18:43

「悔しい、悔しいばかり」80年前防空壕掘る作業で落盤事故で12人死亡 記憶と平和語り継ぐ84歳の女性
80年前、終戦を間近に控えた6月、石川県能登町では防空壕を掘る作業をしていた男女12人が落盤事故に巻き込まれました。
戦争の悲劇を決して風化させない。子供たちに語り継ぐ女性がいます。
「この先が防空壕の跡地」1945年6月15日。

戦時中に能登町宇出津では、防空壕を作るためこの場所で掘削作業をしていた住民15人が落盤事故に巻き込まれ、そのうち12人が帰らぬ人に。
父を落盤事故で亡くした84歳女性が記憶を語り継ぐ
案内してくれたのは84歳の関本満喜子さん。

父・乙吉さんもこの場所で亡くなった1人です。

関本満喜子さん「80年経ったけれど、悔しい、悔しいばかり」
当時4歳と幼かった関本さんですが、その時の記憶は鮮明だといいます。事故があった6月15日に合わせ、毎年、地元の子どもたちが慰霊碑を訪れています。
児童155人が折った千羽鶴を慰霊碑に手向ける
16日は宇出津小学校の5年生と6年生を代表して7人が慰霊式に出席し、児童155人が折った千羽鶴を手向けました。
関本さんは、戦争を知らない子供たちにこう語りかけました。

関本満喜子さん「あれからきのうで80年経ちました。私の父もその1人です。平和という輪をつくってみなさんの持っている夢に正しい方向に進んで欲しい」

関本さんの話を聞いた子どもたち「自分には想像もできないくらい関本さんには悲しい出来事があった。自分の家族だったらととても悲しくて、みんなは元気で楽しく思えるような世界が良いと思います」
慰霊碑は能登半島地震で1年余り倒れたまま、4月に復旧

この慰霊碑は能登半島地震により、1年余り倒れたままとなっていましたが、ようやく4月に復旧作業が行われました。

関本満喜子さん「慰霊碑を起こしてもらっただけでうれしくて、うれしくて涙出る。戦争みたいに怖いものはないと思う。絶対戦争だけはしてほしくない」
平和という言葉を忘れないで欲しい。関本さんの思いは子供たちに託されていきます。




