厚生労働省によると国内で診断されたアルツハイマー病の患者は約79万4000人ですが、今後、高齢化が進むことでさらに増えることが予想されます。認知症の半数以上を占めるアルツハイマー病について長年、金沢大学で解明を続ける研究者たちを取材しました。

会見に応じる内藤CEO

エーザイ 内藤晴夫CEO「疾患の進行を平均約3年遅らせることができると推定しています。日本初のイノベーションで、日本社会にも大きな社会的インパクトがある」

研究者を始めアルツハイマー病の患者やその家族などが期待を寄せるのがアルツハイマー病の治療薬「レカネマブ」です。製薬会社のエーザイが先月16日に国に承認申請したと話題になりました。

新薬レカネマブ

そもそもアルツハイマー病とは、脳の神経細胞の周りに「アミロイドβ」というタンパク質が蓄積されることで神経細胞が破壊され、脳が委縮することで記憶力や判断力といった認知機能が低下する病気です。

アルツハイマー病のメカニズム

エーザイ・内藤晴夫CEO「アルツハイマー病領域におけるイノベーション(技術革新)の推進にも役立つことが出来る」

「レカネマブ」のポイントは「アミロイドβ」にあります。エーザイは、このアミロイドβに新薬が直接作用することで、神経細胞の破壊を防ぎ、病気の進行を抑えるとしていて、臨床試験では27%程度で悪化が抑制されたとしています。

長年「アミロイドβ」を中心にアルツハイマー病の研究を行っている金沢大学の小野賢二郎教授も、この薬は画期的だと話します。

アルツハイマー病治療の新薬が画期的なワケ

金沢大学脳神経内科学 小野賢二郎 教授「アミロイドと言っても、いろいろあるなかで、大きさ、段階いろいろあるなかで、どの段階のものが最も悪いのではないか、ということに迫れた可能性があるということですね」

この「アミロイドβ」の解明に金沢大学の研究が大きく貢献していました。
アミロイドβは20年ほどかけて、粒から繊維状に変化しながら脳に蓄積されます。アミロイドβが繊維状になる前の段階で見られる「プロトフィブリル」が特に、神経細胞に悪影響を及ぼすことを小野教授らが突き止めます。

アルツハイマー病の解明につながるアミロイドβとは

金沢大学ナノ生命科学研究所 中山隆宏 准教授「最先端の技術をここで維持しているという感じですね」

小野教授らは、大学にある世界で初めて開発された特殊な顕微鏡を用いて、2016年、世界に先駆けてアミロイドβが変化していく様子をリアルタイムで捉えることに成功し話題となりました。映像では人工的に作ったアミロイドβが繊維状に変化する様子がわかります。

アミロイドβが変化する様子

小野教授「撮影に成功した時は、心の中ではガッツポーズをしていたと思います」

さらに、ワインや緑茶に含まれるポリフェノールがアミロイドβの活動を抑え込む様子の撮影にも成功し、認知症予防に効果があることが分かりました。そして新薬「レカネマブ」の開発においても、直接、薬がアミロイドβの「プロトフィブリル」に結合し抑え込む様子を撮影したのです。

世界で初めて金沢大学が開発した顕微鏡

小野教授「中山先生に協力を賜った高速原子間の顕微鏡は、リアルタイムに構造とモーション、動態を両方捉えられる、そこが一つポイントで、今回のレカネマブの研究にも応用しようという発想に至りました」

しかし、この新薬の対象は軽度のアルツハイマー病とその前段階の軽度認知症です。そのため、いかに早く認知症を見つけるかが大切です。金沢大学では、2006年から早期発見につながる研究にも取り組んでいました。

「ど忘れ」なのか「認知症の兆候」なのか…

その名も「石川健康長寿プロジェクト」
七尾市中島町に住む高齢住民を対象に認知機能の検査を公民館と自宅訪問で無料実施しています。アミロイドβが脳に蓄積するまで20年ほどと言われるなか検診で認知症の早期発見や予防につなげようというものでポリフェノールを含む緑茶の摂取に認知症の予防効果があることをすでに突き止めています。

石川健康長寿プロジェクト

金沢大学脳神経内科学 篠原もえ子 准教授「認知症ではない人を、約5年間、継続してみると、認知機能がちょっと低下した方は、緑茶をもともと飲んでいなかったという方が多かったということです」

住民「定期的に検査・調査をして、その結果をフィードバックして頂くというのは非常にありがたいなと思っています」

これまで検診で認知症の疑いがある住民を見つけ、実際の治療につなげた例もあり、地域医療に貢献する側面も持っています。この日の調査でも、覚えたことが思い出せなくなる場面に遭遇します。

誰しもある?「思い出せない」

小野教授「先ほど覚えてくださいと言った言葉を言ってみてください。三つの言葉です」
住民「ひまわり…自転車…あ、自動車…」
小野教授「もう一個あるんですが」

事前に伝えた3つの単語を思い出そうとしますが…

小野教授「ヒント言いましょうか?動物です」
住民「あ、きつねでした」

女性の年齢は80代。ちょっと気になります。

単語が思い出せない80代の女性…小野教授の判断は

小野教授「今のようにあとでちゃんと思い出せているような状況を伺いますと、生理的な過程の中での範囲ではないかと考えますね」
住民「自然と考えてよろしいんですか?」
小野教授「そうですね、はい」
住民「うふふ」

石川健康長寿プロジェクト

今回、明らかな認知機能の低下はないとの言葉に一安心です。
長年の追跡調査の甲斐あってか、認知症への理解や予防の大切さが住民の間に広がっているようです。また、新型コロナウイルスの感染拡大で人々の交流が寸断されることが認知機能の衰えが加速するとの指摘もされています。プロジェクトチームではコロナ終息にともなって、能登の祭り文化をはじめとした住民同士の交流を復活させることが認知症の予防に貢献すると考えています。

篠原 准教授「こういう交流を非常に大事にしていく文化を絶やさずにやっていって、それが認知症予防にもつながるんじゃないかなと感じています」

小野 教授「基礎的な実験室での研究と、臨床的、あるいは地域のこういった研究をうまく合わせて進めていくことが重要ではないかと私は考えております。」

小野教授

医師たちの長年の研究が新薬の開発に繋がった金沢大学の認知症研究。
一般的に国への承認申請は、1年程度で結論が出るとされ、研究者だけでなく患者や家族にとっても一日も早い朗報が待たれています。