広報しもつけ(栃木県下野市)

令和3年6月号

1908(明治41)年のこの日、日本からの移住者781名を乗せた移民船「笠戸丸」が、ブラジルに到着したことを記念して制定されました。
日本からの最初の海外移民とされるのは、1868(明治元)年にハワイに旅立った153名の「元年者」と呼ばれる人々です。彼らは、江戸幕府が結んだ契約に基づき、明治新政府からの承認は得ないまま、非合法にハワイへ向かいました。1885年からは政府公認の移民が開始され、総計約22万人の日本人がハワイに移住。1920(大正9)年には、ハワイの人口の約40%を日系人が占めるまでになりました。
他にも、南北アメリカ大陸や太平洋の諸国に、多くの日本人が渡りました。2つの世界大戦の前後の日本では人口の増加が著しく、政府は、耕地や雇用の不足を移民によって緩和しようと、好待遇や高賃金を謳って移民を募ったのです。
しかし、移民たちの多くは、宣伝文句とは大違いの厳しい環境での生活を強いられました。笠戸丸でブラジルにたどり着いた移民たちも、コーヒー農園に送り込まれましたが、待遇や賃金の悪さから、帰国を申し出る者や脱走者が多発しました。
残った移民たちの生活は、作業に慣れていくとともに、次第に安定していきました。やがて、多くの日本人移民たちが自営農として独立し、1919年には初の日系農業組合ができるまでになりました。
この日は、ブラジルでも「日本人移民の日」として記念されています。日本人移民がブラジルで刻んできた足跡をうかがうことができる記念日です。