広報あいしょう(滋賀県愛荘町)

2021年2月号

■人権を考える町民のつどい「これが私の生きる道」~性とは?自分らしさとは?~
人権週間の啓発活動の一環として、昨年12月10日、ハーティーセンター秦荘にて、「人権を考える町民のつどい」を開催しました。今年度は、新型コロナウイルス感染防止のため、参加を人推協の各部会員のみに制限して実施しました。ご協力ありがとうございました。
今回は、講師に性的マイノリティの当事者で、弁護士の仲岡しゅんさんをお迎えし講演いただきました。
仲岡さんは、大阪生まれの大阪育ちであり、知的障がい者ヘルパーや学童保育の指導員を経て弁護士になられました。戸籍上の性別は男性ですが、女性として弁護士活動をされています。
講演では、「LGBTとは?」という説明から、当事者としての体験や苦労など具体的なエピソードをもとに楽しくお話いただきました。
講演の中で仲岡さんに、「学校の体育の授業で男子は柔道、女子はダンス。これって、果たして合理的な区別でしょうか?」と問われたときはドキッとしました。例えば女性である谷亮子さんは柔道で活躍されました。その姿を知っている女子の中には、「私も柔道をやってみたい」と思っている子もいるのではないでしょうか。性別によって区別するのではなく、個性や特性に応じて好きなことに挑戦すればいいのではないでしょうか。
また、「あなたの息子さんが彼氏を連れてきました」「あなたの娘さんが、私今日から男性として生きていきたい」と訴えたらどうしますか?この問いにもドキッとしました。どこかの誰かの話なら深く考えることはありませんが、いざ自分の子どもがセクシュアルマイノリティなら…自分の身近な問題と捉えて考えてみるとギョッとします。これは、他の人権問題でも一緒ではないでしょうか。
今回の仲岡さんの講演から、セクシュアリティ(性)の問題についてさらに学びを深めていく必要があると思いました。

■視察研修「東アジア交流ハウス雨森芳洲庵」を訪れて
昨年11月19日、人推協総務委員会は、長浜市の「開知学校」と「東アジア交流ハウス雨森芳洲庵」を訪問し、人権尊重や人権問題の解決について研修をしました。

▽東アジア交流ハウス雨森芳洲庵とは?
みなさんは「雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)」と言う人物をご存知でしょうか?雨森芳洲(1668-1755)は、江戸時代中期の儒学者で、朝鮮との外交に活躍した人です。芳洲は1668年、雨森村(現長浜市高月町雨森)で生まれ、18歳で江戸へ出て儒学を学び、26歳から朝鮮との貿易が盛んだった対馬藩に仕えました。そして35歳で釡山に渡って朝鮮語を学び、日本初の日朝辞典を作成、国際交流には真実をもって交わる「誠信交隣」の姿勢が大切であると唱えました。44歳と51歳の時には、朝鮮通信使の江戸往復の旅に随行して大活躍しました。
「互いに欺かず争わず真実を以って交わる」という国際社会の現代にも通用する「誠信外交」を貫きました。
高月町雨森では、そんな芳洲の生涯をたどり、思想や業績を顕彰するとともに、東アジアとの交流をめざすために1984年に建てられた「雨森芳洲庵」を拠点に、韓国との民間の交流を深めてきています。
日韓関係がギクシャクしている今日ですが、他国との関係を結ぶ上で大切な心構えに気づかされた視察研修でした。
問合せ先
愛荘町人権教育推進協議会(事務局)教育委員会生涯学習課内(秦荘庁舎)
電話
0749-37-8055
その他
【FAX】0749-37-4192