広報うんぜん(長崎県雲仙市)

令和3年5月号

~つなごう!未来人 GEO PARKS~

■「定点」(1)―あの日の出来事―

1991(平成3)年5月20日に出現が確認された溶岩ドームは、日に日に大きくなりました。そして5月24日にはついにその一部が崩れ、火砕流が発生し始めました。当時、火砕流という噴火現象は、日本はもちろん、世界的にもあまり目撃事例がなく、珍しいものでした。島原市北上木場町の葉タバコ畑の中を通る県道の一角は、視界がぱっと開け、谷の中を流れ下る火砕流をほぼ真正面から見ることができたため、多くの人が集まるようになりました。そしてその場所は、いつしか火砕流を撮影する「定点」と呼ばれるようになりました。
6月3日、朝から天気は下り坂でした。梅雨前線の接近に伴い、午後から雨がぱらつき始め、溶岩ドームは雲の中に隠れがちでした。午後3時半過ぎからは溶岩ドームの崩落が相次ぎ、繰り返し火砕流が発生していました。そんな状況の中、午後4時8分、溶岩ドームが大きく崩れ、規模の大きな火砕流が発生しました。水無川を流れ下った火砕流の本体は「定点」の手前で止まりましたが、火砕流と同時に発生した高温・高速の熱風(火砕サージ)は、そのまま「定点」の周辺にいた人々をのみこんでしまいました。
この出来事から30年が過ぎようとしています。次回は、この時の経験を未来の世代に引き継ぐ取り組みをお伝えします。

※「定点」は砂防指定地内にあるため、通常は立入りできません。
写真:「定点」と、そこに建てられている白い三角錐(令和2年10月9日撮影)
※写真は本紙13ページをご覧ください。