考古学が発見 ポーランド冷戦基地の危ない新事実

考古学が発見 ポーランド冷戦基地の危ない新事実

 ポーランドの森に、今は使われていない旧ソ連軍の核施設跡がある。敵から装備や物資を隠し格納しておく「掩体壕」(えんたいごう)だ。今では、地元の人が鉄くずを持ち去り、施設を隠すように樹木が生い茂る。この軍事施設は、もともとは東側諸国を「核の格納庫」に変えようと目論んだソ連軍の指示によって作られたものだ。

 ただ、こうした目的をはっきりと記した公的な文書は残っていない。そこで、考古学者のグゼゴス・キアルシス氏は、謎に包まれた掩体壕を詳しく調べることにした。同氏の調査結果は、考古学的なアプローチによる冷戦研究の有効性を説いた論文として、考古学専門誌「Antiquity」に2019年1月21日付で発表された。

 キアルシス氏が考古学の手法を用いて調査したのは、ポーランドのポドボルスコ、ブジェジニツァ・コロニャ、テンプレボという町だ。いずれもソ連の軍事施設が置かれ、当時は国のごく一部の人しか知らない秘密が隠されていた場所である。

 1960年代後半、冷戦が激しさを増す中、ソ連はNATO(北大西洋条約機構)軍の攻撃を受けた場合、そこから東側のワルシャワ条約機構に参加するポーランドに核兵器を移動させたのでは遅いと考えた。そこでソ連は、ポーランドを含め、ワルシャワ条約機構加盟国のいくつかに核弾頭をあらかじめ保管しておくことにした。

 ポーランドの場合、弾頭の格納庫となる掩体壕の建設費はポーランドが負担した。兵器の管理はソ連が担い、ソ連陸軍が基地の警備に当たった。最終的に数百発もの核弾頭を保管することになるとは、ポーランド国民には知らされなかった。

 キアルシス氏は、まず航空写真、レーザースキャナーによる計測データ、現地調査、機密扱いから解除された衛星写真や公的文書を調べた(文書の中には、コードネーム「ビスワ川」という超極秘プロジェクトを暴いたCIAのレポートも含まれていた)。次に、キアルシス氏は、地図を描き起こし、ソ連兵が警備のために通った道や、木に彫った落書きを記録。こうして、公的文書に残されていない基地の過去をあぶり出し、かつて基地に女性や子どもが住んでいた証拠まで見つけた。

次ページ:なぜ、女性や子どもまで基地に?


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