5月9日、アナニャー・マズムダルさんは、いとこから一本の電話を受けた。新型コロナウイルス感染症から回復したばかりの48歳のおばが、両目の視力をほぼ失ってしまったというのだ。

 病名は「ムコール症」で、とても進行しているため、すみやかに手術をして目を摘出しなければならない。インドの首都ニューデリー郊外の衛星都市ガジアバードにあるマックススーパースペシャリティ病院の救急治療室の医師から、そう言われたという。家族は途方に暮れたが、ほかの選択肢はないことをすぐに悟った。

「そうする以外に方法はなく、そうしなければならないという状況だったのです」とマズムダルさんは言う。「まるでチクタク音がする時限爆弾の上に座っているかのようでした」

 極めてまれな真菌感染症である「ムコール症」は、現在インドにおいて、回復期あるいは回復後まもない新型コロナウイルスの感染者の間で増加している。インドでは「ブラック・ファンガス(黒い真菌)」とも呼ばれるこの感染症は、主に鼻から始まって目、脳へと広がり、患者を死に至らせる場合もある(編注:黒色真菌による「黒色真菌症」「黒色菌糸症」と「ムコール症」は異なる病気です)。

 公衆衛生の専門家は、ムコール症が増えている原因は、新型コロナの患者の治療におけるステロイドの無軌道な使い方にあると指摘している。ステロイド剤には肺の炎症を抑える働きがあるが、使いすぎると場合によっては免疫力の低下や血糖値の上昇を招く。そのせいで一部の患者、とくに血糖がコントロールされていない糖尿病の患者は、こうした感染症にかかりやすくなる。マズムダルさんのおばも糖尿病を患っていた。

 世界屈指の糖尿病大国であるインドでは現在、壊滅的なコロナの第二波との闘いが続いており、耳鼻咽喉科の医師たちは、今後数週間のうちにムコール症患者はさらに増えると予想している。

 たとえばデリーにあるサーガンガラム病院の耳鼻咽喉科外科医マニシュ・ムンジャル氏は、先週から連日15人近くの新規患者を治療している。氏によると、デリーでは4月以降、250人のムコール症患者が発生したという。

「これはたいへんな数です」と氏は言う。コロナのパンデミック(世界的大流行)以前、氏が扱うムコール症患者は月に1人か2人程度だった。

次ページ:「問題は、これがまだ始まりに過ぎないことです」