研究の一環として、彼らはSSRIにさらされたザリガニとそうでない比較対照群のザリガニとが、えさのにおいにどれだけ早く反応するかを調べた。前者のグループは、後者よりも隠れ場所から顔を覗かせるのが2倍早く、外に出てくるのは1分近く早く、またえさが置かれた部分に滞在した時間は3倍以上だった。

 実験では捕食者の導入は行われなかったが、こうした行動をとるザリガニは、野生においてはアライグマ、キツネ、大型の魚、鳥などの捕食者に食べられる可能性が高いだろうと、科学者らは考えている。

 ザリガニは、川の中の落ち葉や水生昆虫の主要な消費者のひとつであるため、彼らの行動への影響は、生態系の広い範囲に及ぶ可能性があると、リンゼイ氏は述べている。今回の論文においては、シタロプラムにさらされていた間に、水中の藻類や有機化合物のレベルが上昇したことが指摘されている。これについて研究者らは、食事をしたザリガニがより多くの栄養分を排泄し、それによって藻類の成長が促された、あるいは、ザリガニの動きが活発になることで、藻類や栄養分が流れの底に沈むのが妨げられたのではないかと推測している。

上位の捕食者にまで

 この実験は屋内で行われたものであり、そこには現実世界の条件がすべて含まれていたわけではない点には注意が必要だ。それでも、ザリガニがさらされた薬剤の濃度は、川や池で遭遇する可能性があり、一部の下水処理施設のすぐ下流では確実に発生するレベルのものだ。

 2009年に学術誌「Environmental Toxicology and Chemistry」に発表された研究によると、インドではある下水処理場の約30キロ下流で水1リットルあたり500ナノグラムのシタロプラムが、また複数の製薬工場がある地域では1リットルあたり7万6000ナノグラムが検出されたという。

 抗うつ剤はさまざまな経路を通って生物を汚染する。ザリガニはエラから、またはえさである有機堆積物を介して化学物質を吸収する。一方、ザリガニをはじめとする抗うつ剤を吸収した小動物を食べる捕食者にも、そうした汚染物質は蓄積される。

 オーストリアで行われた研究によると、ブラウントラウトとカモノハシは、抗うつ剤にさらされた生物を食べることによって、人間が治療に使う量の半分を日々摂取している可能性があるという。2018年に「nature communications」に発表された同論文はまた、節足動物を大量に食べるある水辺にすむクモについて、体重の1%がSSRIで構成されていたことを発見している。

「それだけ多くの化学物質が体内に入っているのです」とアレクサンダー氏は言う。

医薬品汚染を防ぐには

 使われなかった薬剤から環境を守るためには、不要になった錠剤は薬局に持っていくのが望ましい。それができない場合は、錠剤を容器から出し、コーヒーの出し殻のような味が悪く吸水性のあるものと混ぜてからゴミ箱に捨てるとよいだろう。

「自分の薬を適切に廃棄することで、医薬品汚染の削減に貢献することができます。排水口には決して流さないでください」とアレクサンダー氏は言う。

 カナダ、マキュアン大学の研究者トレバー・ハミルトン氏は、今回の研究について、まさに今考えるべき課題だと評している。米国ではパンデミックの最中、うつ病症状の有病率が以前の3倍になった。

 こうした急増は、排水中の抗うつ剤の濃度を「過去最高レベル」まで上昇させるだろうと、ハミルトン氏は言う。「これらの薬剤の影響を受ける神経化学的性質を持つ多くの生物にとって、これは難題となるでしょう」