1973年に以前の憲法が廃止されてから、エスワティニでは政党活動を法的に認めておらず、政党で選挙を戦うことができない。つまり、議会選挙に出馬する場合、立候補者は政党の支援なしに1人で戦わなければならないということだ。政治的な反対意見すら認められなかった時代もあり、活動家や労働組合のリーダーは厳格な法律によって口を封じられていた。

 NPRのテンダイ・マリマ氏は次のように記している。「しかし、反対意見が高まるにつれて、それまでバラバラだった要求が集約され始めています。市民はムスワティ3世の独裁的な支配、つまり、首相の任命権、議会と司法に対する執行権、エスワティニ全土の独占的な管理者として振る舞う権利を拒絶しています」

 国民の不安を解消するには、新しい首相を任命するだけでは不十分だ。政府の弾圧に直面したジャーナリストたちがBBCニュースのインタビューに応じ、混乱状態の国で取材を行った体験について語っている。

 ジャーナリストのマグニフィデント・ムンデベレ氏は当局から身体的な暴力を受け、命の危険にさらされた。「のどをつかんで押さえ付けられ、窒息しそうになりました。肋骨も殴られました」

 ムンデベレ氏と一緒に行動していた「New Frame」の記者セベリフレ・ムブイサ氏は携帯電話で写真を撮り、暴力を記録しようと試みた。「しかし、どこからか兵士が飛んできて、私たちに同行を命じました…私たちがなぜ写真を撮っているのかと聞いてきました」。エスワティニ通信委員会がメディアへのアクセスを一時停止しているため、写真撮影は違法だと兵士は説明した。

「私たちはジャーナリストだと伝えましたが、彼らは気にしていないようでした」