1億年前のカニの化石が見つかった。ミャンマー産の琥珀(こはく)に閉じ込められていたもので、関節のある脚、爪、複眼、えらまで確認できる保存状態は「驚異的」だと、10月20日付けで学術誌「Science Advances」に論文を発表した米エール大学の古生物学者ハビエル・ルケ氏は言う。

 おかげでルケ氏らは、現存するカニのグループ「真短尾群(Eubrachyura)」に属する新種だと突き止め、「クレタプサラ・アタナタ(Cretapsara athanata)」と命名した。クレタプサラは海にすまない非海生のカニとしては最古の可能性があり、カニが海を離れた進化の過程を知る手掛かりになると研究チームは考えている。「琥珀に閉じ込められたカニの化石は、まさに隙間を埋める存在です」とルケ氏は話す。

 琥珀は樹脂の化石だ。その中から甲殻類が見つかったという事実は驚きをもって迎えられている。「琥珀の中でカニを見つけるのは、干し草の中で針を見つけるようなものです」と米フロリダ国際大学の生物学者ヘザー・ブラッケン・グリサム氏は感想を述べている。なお、氏は今回の研究に関わっていない。

 この化石には科学的価値があるだけでなく、ミャンマー産の琥珀化石の採取、購入、研究、発表を巡る倫理的な議論を浮き彫りにする存在でもある。高価な琥珀の標本は中国の市場に密輸されることが多く、一部の古生物学者は民間業者と競って購入している。こうした取引は、暴力的な人権侵害を行っているミャンマー国軍の資金源になる可能性がある。

 ミャンマー国軍が2月に実権を掌握したことを受け、古脊椎動物学会は2017年以降に採取されたミャンマーの琥珀化石に関する研究発表を一時停止するよう呼び掛けた。2017年は、ミャンマー国軍が国内にある琥珀の産地を占拠した年だ。研究チームによれば、クレタプサラを含む琥珀は2015年に採取され、ミャンマー北部にあるカチン州ミッチーナの業者に売られた後、中国雲南省の龍隐(ロンイン)琥珀博物館が購入したものだという。

 カチン州からは、専門家と愛好家の心をとらえる琥珀化石が産出する。ルケ氏は2017年より前に採取された琥珀化石に関する研究を発表することで、カチン州で起きている紛争への関心が高まることを期待している。

簡単ではなかったカニの海離れ

 琥珀の状態などの手掛かりは、中にいる小さなカニと同じくらい示唆に富む。成体と幼生のどちらかはわかっていないが、カニは完全な姿で保存されており、樹液に閉じ込められた場所で本当に生きていたことを示している。琥珀の中に砂粒がないことや、樹液がカニの上を流れたことも、汽水域や淡水域といった海辺から離れた環境で化石化した可能性が高いことを示唆している。

 海から離れることは、カニにとって大きな一歩だった。汽水域や淡水域への適応は、ただスイッチを切り替えるような単純なものではない。呼吸から水分量の調節、乾燥の防止まで、さまざまな方法を変えなければならないとルケ氏は説明する。

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