1966年12月、カリブの島国バルバドスが独立すると、初代首相のエロール・バローは新たに加入した国連で「私たちはすべての国々の友人となるが、どの国の衛星国にもならない」と宣言した。

 それから55年間、バルバドスは「英連邦王国(Commonwealth realm、コモンウェルス・レルム)」のひとつとして、エリザベス女王に忠誠を誓い続けてきた。英連邦王国とは、英国から独立しているものの、英国君主を国の君主としている国家を指し、これまで英国を含めて16カ国あった。

 この16カ国のうちバルバドスが、11月30日、エリザベス女王を国家君主とする体制を廃し、共和制に移行する。今後は女王の承認を得ずに、独自に進路を定めることができる。

 それでも、バルバドスと英国とのつながりが完全に途絶えるわけではない。バルバドスは、今後も「英連邦(Commonwealth of Nations、コモンウェルス)」の加盟国だ。英連邦は、旧英国植民地を中心に構成された組織で、加盟国は環境保護や貿易振興、民主主義の支援などさまざまに協力している。この組織の長もエリザベス女王だ。

 これは、わかりにくい状況かもしれない。英連邦王国ではなくなるが、英連邦には加盟し続けるとはどういうことか? 英連邦の長である女王はどのような役割を果たしているのだろうか。

英連邦誕生まで

 英連邦は、大英帝国のゆるやかな崩壊から生まれた。大英帝国は、絶頂期だった19世紀後半、世界の陸地の5分の1を占めるほど繁栄していた。

 しかし、大英帝国が領土を拡大するにつれて、一部の植民地で不満が高まってきた。1864年には、現在のカナダにあった3つの英国植民地の代表が、合併してひとつの自治連合を形成する交渉を始めた。これらの植民地は、米国からの侵略を恐れて独自の防衛軍の設立を望み、南方の地域との自由貿易も求めていた。

 100年ほど前の米国独立戦争のように、独立を巡って争い、敗北を繰り返すことを恐れた大英帝国は、1867年7月、植民地側の要求を受け入れた。だが、植民地の支配権は手放さなかったので、カナダは英国自治領(ドミニオン)となった。

 これは、カナダは自治権を有するが、法体制は英国の監督を受ける、つまり、女王が自己裁量で法案を拒否できることを意味した。その後の数十年間で、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、アイルランド自由国(現在のアイルランド共和国)など、他の植民地も次々に自治領となった。

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