「驚きました。グアンチェ族のミイラはエジプトのものよりもはるかに良い状態で保存されていたんです。筋肉がきれいに残り、特に手足の輪郭は細かい部分までくっきりと浮き彫りになっています。まるで、木彫りのキリスト像のようでした」と、カラスコソ氏は言う。

 だが、目に見えないところでは、さらに驚くべき発見があった。エジプトのミイラと違って、グアンチェ族のミイラは内臓が抜かれることなく体内に保存されていたのだ。脳を含め、すべての臓器はきれいに残されていた。その秘密は、ミネラル、香りの良い薬草、マツやヒースの樹皮、島の固有種であるリュウケツジュの樹脂を混ぜ合わせたものを遺体に塗って、防腐処理を施していたことだ。2016年に行われた放射性炭素年代測定により、その手足や歯の状態から、ミイラは背の高い健康な男性のもので、おそらくエリート階級に属していただろうと推定された。

 年齢は35〜40歳で、カスティーリャ人が島にやって来るよりもはるか以前、今から800〜900年前に死亡したものと思われる。背骨には北アフリカの人々によくみられる変形が見つかり、顔立ちもまた、アフリカ大陸を起源とする人であることを指し示していた。

 テネリフェ島にあるラ・ラグナ大学で長年にわたり島の初期の住人について調査してきたローザ・フレゲル氏は、最新のDNA解析技術を使って40体分のミイラのDNA解析を実施した。その結果もやはり、北アフリカとのつながりを示すものだった。つまり、最初の住人たちはアフリカ大陸最北端の地中海に面したマグレブと呼ばれる地域からやってきた可能性が高い。とはいえ、一度に同じ場所から大量に押し寄せてきたわけでもないようだ。「カナリア諸島のなかでも、島によってそれぞれの集団に異なる特徴があることがわかりました」と、フレゲル氏は言う。

アフリカ起源

 語源や碑文、民族歴史学的資料から、カナリア諸島の住人たちの起源がアフリカにあることは以前から指摘されていたが、今回それが科学的にも裏付けられた。イスラム教徒たちが到達するより数百年も前から、北アフリカにはヌミディア人が住んでいた。ギリシャ人とローマ人は、彼らを「ベルベル人(野蛮人)」と呼んで蔑視していたが、ヌミディア人は自分たちのことを「アマジグ(自由人)」と呼んでいた。農耕を営み、家畜を飼っていた彼らの一部が、その農耕技術と家畜を伴ってカナリア諸島に移住した。彼らは、なぜ故郷の北アフリカを離れたのだろうか。

 グラン・カナリア島のラス・パルマスにあるカナリア博物館の学芸員テレサ・デルガード氏は「『移民の波』という言い方をよくしますが、家族単位で少しずつ移住してきたのかもしれません。または、ローマの支配からイスラム教徒の到来までの間に北アフリカで起こった出来事がきっかけだったのかもしれません」と話す。

 ラ・ラグナ大学の考古学および歴史学教授のホゼ・ファルージャ氏によると、カナリア諸島の8島のうち7島には、少なくとも過去1000年の間、継続的に人が住んでいたようだという。人々は共通した身体的特徴を持ち、リビア・ベルベル語から進化した言語(今は消滅している)を話していた。また、諸島で発見された洞窟壁画は、西サハラ、アルジェリア、モロッコのアトラス山脈で発見されたものとよく似ているという。

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