ポール・ジマー・ハーウッドさんはタフなチャレンジャーだ。2016年、24歳のときには、ドイツ、ギュータースローにあるプールで、40キロあまりを18時間かけて泳ぎ切った。2019年には、モロッコ南部の砂丘や干上がった川床を6日間かけて走るウルトラマラソンを完走した。同じ年、英オックスフォード大学の神経科学の博士課程に入学したジマー・ハーウッドさんは、命を落としかねないマラリアに対するワクチン試験のために、この病気に感染した蚊に刺されることを自ら志願した。

 2021年半ば、科学者たちが新型コロナウイルスに意図的に曝露(ばくろ)させる健康な若者を募っていた。「心の中で、すぐにやろうと思いました」とハーウッドさんは言う。科学の進歩に貢献したいというのもその重要な動機ではあったが、自分の時間や苦痛と引き換えに約6000ドル(80万円強)が補償されるという条件も悪くなかった。

 ジマー・ハーウッドさんは、試験当時はワクチンを接種していなかったものの、過去に新型コロナウイルスに感染したことがあった。「そのせいで怖さは多少軽くなりましたが、いずれにせよ自分は間違いなく志願しただろうと思います」

 オックスフォード大学のこの研究は、健康な人間を新型コロナウイルスにさらすことが承認されている、世界でわずか2件のうちの1件だ。コロナへの再感染を防ぐ免疫レベルを見定めるのに役立ち、またより優れたワクチンや治療法につながる可能性がある。

 英インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者たちが主導するもう一方の研究は、感染歴がなく、ワクチン接種もしていない若者たちが最初のウイルス株に曝露した場合、感染から守られているように見える者がいる理由を探るものだ。同研究はまた、症状が現れたり現れなかったりする理由も解き明かそうとしている。

「こうした研究は、感染の正確な時期を把握できるため、観察研究からは得られない病気のプロセスに関する科学的知見につながる可能性があります」と、米ハーバード大学医学部の免疫学者・ウイルス学者のダン・バルーシュ氏は言う。

「いちばん恐ろしいこと」

 2021年2月に、インペリアル・カレッジ・ロンドンの感染症内科医・免疫学者のクリストファー・チウ氏らが、18〜30歳の健康な志願者を募集したところ、2万6937人もの応募があった。

 研究者らはまず、新型コロナが重症化する可能性のある人たちを除外した。たとえば、肥満度指数が高いあるいは低い、血液や肺の検査で異常が見られるといった基礎疾患を持つ人たちだ。その後数カ月かけて志願者は36人にまで絞り込まれ、研究チームは彼らをウイルスに曝露させた。

 アラステア・フレイザー・アーカートさんは、新型コロナに感染したことはなかったが、2020年、非営利団体「ワンデースーナー」がワクチンの開発を加速させるチャレンジ試験を促すために先行してつくった志願者リストに名前を登録しておいた。そして2021年、インペリアル・カレッジ・ロンドンが実際に募集を始めると、19歳だった彼は参加者に選ばれた。科学の名のもとに試験に参加し、新型コロナで命を落とした数百万人の人たちに敬意を表したかったのだと、フレイザー・アーカートさんは言う。

 ウイルスを少し含んだ透明な液体が鼻に落とされたとき、これは自分が「これまで経験した中でいちばん恐ろしいこと」だと、フレイザー・アーカートさんは感じたという。

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